39. 耳から離れぬ「助けて」
どんよリとした曇り空の日の昼すぎ、46歳の女性が自宅で突然、後頭部の痛みを訴え
て倒れた。夫の話では最近親しい人が亡くなったせいか、元気がなく、前夜もよく眠れ
なかったという。
私たちは数分で現場に到着した。すでに呼び掛けに対しての応答はない。うつろな目
で一点を見詰め「うううっ」とうなリ声を発しながら、体は硬直し、小刻みに震えてい
た。そばで夫がしきりに手をさすり、「頑張れよ」と励ましていた。呼吸状態が悪いた
め人工呼吸を実施しながら急いで救急車内に収容した。
激痛のためか体の動きが激しい。ところが病院到着直前に一瞬、動きが止まった。
「奥さん、分かリますか」という呼ぴ掛けに、かすかにうなずく。突然の意識回復だっ
た。しかし、それもつかの間、次第に苦しみ、もがき、意識が薄れていった。
「もうすぐ病院だから頑張って」。励ましもむなしかった。「頭が痛い、助けて」と
振り絞る言葉を最後に二度と意識は戻らず、数日後に帰らぬ人となった。くも膜下出血
だった。
この病気は脳の表面を覆っているくも膜下腔(くう)に出血が生じ、突然バットで殴
られたような激しい頭痛、悪心、おう吐で発症する。
発症の70-80%は脳動脈瘤(りゅう)破裂砥製による。動脈瘤が先天的に存在して、無
症状だった人の動脈瘤の薄い壁がある日突然、破裂して出血するのが脳動脈瘤破裂だ。
また、年齢を問わずに起こるのが特徴で、40-50代の女性に多いという。
搬送事例には、トイレまたは浴室で発症するケースが多い。これは温度差による急激
な血圧上昇が原因に考えられる。
いまでも、あの患者さんの「助けて」という叫びが耳から離れない。発症の前には必
ずキーポイントとなるサインがあるはずだ。運命を分けるわずかなサインが----。
(秋田消防署・救急救命士・武藤克浩)