1. 法を変えた貴い生命


 20,901件日一昨年一年間の県内の救急車出動件数だ。高齢化の進行とともに、その

数は年々、増加傾向にある。身近な人が急病でなどで倒れたらどうすべきか。救急車到

着までの一般の人の救急処置が命を救うケースも多い。救急現場の最前線で活躍する秋

田市消防本部所属の救急救命士が、救急搬送の実態に触れながら、救命処置の基本を紹

介する。


 十年近くも前のことである。除雪作業の事故現場に出動した。血だらけのエプロン姿

の女性が両手を振って合図している。ひざ元には幼稚園の制服を着た女の子が横になっ

ている。手がわずかに動いたように見えたが、頭からの出血がひどい。


 救急車に収容すると「ううっ」と声を出したが、その後、呼吸は感じられなくなっ

た。母親は握った手を離そうとせず、もう一方の手で私の袖をつかみ「早く息ができる

ようにして」と叫ぶ。口の中の出血もひどく、人工呼吸をしても胸は膨らまない。ガー

ゼと三角巾で頭を覆い、心臓マッサージをしながら、「もうすぐ病院です」と声を掛け

るのが精いっぱいだった。母親はまだ少し白い部分が残っているエプロンで娘の顔をな

でながら、「助けて----」と叫び続けた。


 当時の救急隊はそれ以上の処置を全く行うことができず、最低限の応急処置だけで患

者搬送を行わざるを得なかった。医師法の規定によってである。


 救急最前線にいる救急隊を、言い換えれば助けを求める人に最初に手を差し伸べるは

ずの私たちを、娘を失ったあの母親はどんな思いで待っていたのであろうか。


 生命の危機に瀕している人が、あるいはその家族が一生のうちで最大の危機を乗り越

えるために抱く消防救急に対する切実な願い。その願いが法を越えて存在したに違いな

い。

 救急業務は昭和38年、消防の任務として法律的に位置付けられた。それから30年余

り、消防機関が行う行政として地域住民に定着してきた。さらにあの母親のうめき声

が、かつて私たちの手の中で失われた助かるはずの貴い命が法を変えたのである。


 消防庁や厚生省を中心に鋭意検討の結果、平成3年3月26日の参議院本会議、続いて4

月18日の衆議院本会議において、全会一致で「救急救命士法」が可決成立した。これに

より、患者を搬送する救急隊から、救命のための医療を行うことのできる救急隊へと生

まれ変わり、救急業務は画期的といっていい転換を迎えることになったのである。

 (秋田消防署・救急救命士・清野洋一)

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