横溝岳彦のこれまでのお仕事

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私がこれまでに行ってきた仕事は、ロイコトリエンB4(LTB4)の代謝経路(図1)を明らかにすること、その初発段階をつかさどる酵素を単離精製すること、そのcDNAをクローニングすること、一次構造から推定された補酵素の結合部位を人工変異導入法で確認することでした。
ロイコトリエンB4(LTB4)はアラキドン酸から、5-Lipoxygenase、LTA4水解酵素によって作られる炭素数20の不飽和脂肪酸(図2)で、炎症や、アレルギー性の疾患において、ほぼ全身の臓器で作られ、その部位に白血球を遊走、浸潤させる作用を持っています。nMという極めて低濃度で強力な白血球活性化の作用を持ち、炎症の発症に重要な役割を果たしていると考えられています。
LTB4の合成系に関しては比較的早くから研究が進められ、5-LipoxygenaseとLTA4水解酵素に関しては、我々のラボとスウェーデンのカロリンスカ研究所がほぼ同時期にcDNAのクローニングに成功していました。ところが、LTB4の分解に関しては研究が遅れていました。LTB4の作用臓器である白血球においては、20位の炭素に水酸基が付加され、次いで、カルボキシル基化されてその生理活性がなくなること(ω酸化)が知られていましたが、この酵素は白血球以外の臓器には存在せず、他臓器でのLTB4の代謝は不明のままでした。

私の仕事は、ブタとモルモットの臓器をすりつぶして、LTB4と反応させることから始まりました。なにせ、何に代謝されるのかわからない状態で反応させるのですから、検出系を立ちあげるのに苦労しました。 LTB4は共役した3つの二重結合を持つため、280nMを極大とする紫外吸収を持っています。様々な波長でモニターした結果、LTB4はまず、316nMに最大の吸収をもつ物質(Met-B、図3)にまず代謝され、その後、235nMに最大の吸収をもつ物質(Met-A、図4)に代謝されることがわかりました。これらの代謝物の構造がわからないまま、LTB4をMet-Bに変換する酵素の精製に着手し、5つのタンパク質分離カラムを組み合わせること(図5)で、ブタの腎臓からこの酵素の精製(図6)に成功しました。

次いで、代謝物の構造決定を行いました。部分精製酵素を用いて、100ng程度のMet-AとMet-Bを作り、HPLCで精製した後、質量分析、NMR分析によって、Met-Aが10,11,14,15-tetrahydro-12-oxo-LTB4、Met-Bが12-oxo-LTB4であることを証明しました。従って、今回精製された酵素はLTB4 12-hydroxydehydrogenase(ロイコトリエンB4 12水酸基脱水素酵素)と命名されました。

さらに、Met-Bの生物学的活性をLTB4と比較するために、ヒト白血球の細胞内カルシウム上昇作用を測定した結果、12-oxo-LTB4はLTB4の約1/100の活性しか持たないことがわかり(図7)、この代謝系がLTB4の不活性化に関与していることが明らかになりました。

エドマン分解によるペプチドシーケンスの結果、本酵素がこれまでに報告のない新規のタンパク質であることが明らかになったため、cDNAのクローニングを行いました。ペプチドシーケンスからPCRのための混合Primerを合成し、RT-PCRによって本酵素の部分cDNAを得ました。これをプローブとしてライブラリーをスクリーニングし、本酵素の全長をコードするcDNAを得ました。このcDNAをGST(Glutathion S-transferase)との融合タンパク質として大腸菌に大量発現させたところ、ブタの腎臓から精製したのと同様の酵素活性を示し(図10)、本cDNAがLTB4 12-hydroxydehydrogenaseをコードしていることが明らかになりました。ブタのcDNAに引き続いて、ヒトのcDNAも単離し、その一次構造が極めて良く保存されていることが明らかになりました(図8)。またノザンブロッティングの結果、本酵素のmRNAは腎臓や肝臓に高い発現が見られたのに対し、ω酸化経路が存在する白血球には発現が見られず(図9)、LTB4の代謝に臓器特異性があることがはじめて明らかになりました。

このLTB4 12-hydroxydehydrogenaseは新規の酵素ではありますが、他のアルコール脱水素酵素群と弱い相同性を持っていました。中でも、LTB4 12-hydroxydehydrogenaseの142-179番目のアミノ酸からなるドメインは、アルコール脱水素酵素群で補酵素との結合部位であるとされていました。この部位が、LTB4 12-hydroxydehydrogenaseでも補酵素との結合部位であるかどうかを、site-directed mutagenesisの手法を用いて解析しました。アルコール脱水素酵素の補酵素結合部位のコンセンサス配列であるG-x-G-x-x-(G/A)-x-x-x-G-x-x-x-x-x-x-Gに相当すると考えられるGlyやAlaをValに置換する変異を導入した8つの変異酵素をGST融合タンパク質として大腸菌に発現させ、精製後、酵素活性を測定したところ、Gly152、Gly155、Gly166が酵素活性に必須であり、Ala149、Gly159は部分的な関与をしていることが明らかになりました(図11)。


これらの研究は以下の論文や学会に発表されました。

(論文)

Takehiko Yokomizo, Takashi Izumi, Toshie Takahashi, Takeshi Kasama, Yuichi Kobayashi, Fumie Sato, Yuji Taketani, and Takao Shimizu
Enzymatic Inactivation of Leukotriene B4 by a Novel Enzyme Found in the Porcine Kidney.
-Purification and properties of Leukotriene B4 12-hydroxydehydrogenase.-
J. Biol. Chem. (1993) 268, p18128-18135

Takehiko Yokomizo, Naonori Uozumi, Toshie Takahashi, Kazuhiko Kume, Takashi Izumi, and Takao Shimizu
Leukotriene A4 hydrolase and leukotriene B4 metabolism.
J. Lipid Mediators Cell Signalling (1995) 12, p321-332

Takehiko Yokomizo, Yoko Ogawa, Naonori Uozumi, Kazuhiko Kume, Takashi Izumi, and Takao Shimizu
cDNA CLONING AND MUTAGENESIS STUDY OF LEUKOTRIENE B4 12-HYDROXYDEHYDROGENASE
J. Lipid Mediators Cell Signalling in press

Takehiko Yokomizo, Yoko Ogawa, Naonori Uozumi, Kazuhiko Kume, Takashi Izumi, and Takao Shimizu
cDNA cloning, expression, and mutagenesis study of Leukotriene B4 12-hydroxydehydrogenase
J. Biol. Chem. (1996) 271, p2844-2850

横溝岳彦
アラキドン酸カスケード研究の新展開
実験医学 (1996) 14, p1580-1583

(講演)

横溝岳彦、和泉孝志、高橋利枝、笠間健嗣、清水孝雄、武谷雄二;新しいロイコトリエンB4分解酵素の精製、日本生化学会(福岡);1992年10月 

横溝岳彦;新しいロイコトリエンB4分解酵素の性質について、厚生省酵素障害研究班班会議(東京);1992年12月 

横溝岳彦、魚住尚紀、和泉孝志、高橋利枝、笠間健嗣、清水孝雄、武谷雄二;新しいロイコトリエンB4分解酵素の精製とその性質 日本生化学会(東京);1993年10月

横溝岳彦;新しいロイコトリエンB4分解酵素の精製と性質について、厚生省酵素障害研究班班会議(東京);1993年12月

Takehiko Yokomizo, Takashi Izumi, Michiko Minami, Toshie Takahashi, Kenji Kasama, and Takao Shimizu
Biosynthesis and metabolism of Leukotriene B4 
International Symposium on Molecular Biology of the Arachidonate Cascade (Kyoto); 1993 Dec, 5-7

Takehiko Yokomizo, Michiko Minami, Takashi Izumi, and Takao Shimizu
Purification and characterization of leukotriene B4 12-hydroxy-dehydrogenase.
9th International Conference on Prostaglandins and Related compounds. (Florence); 1994, June, 6-10

横溝岳彦、魚住尚紀、粂和彦、和泉孝志、清水孝雄, 武谷雄二;Leukotriene B4 12-hydroxy-dehydrogenasのcDNA cloning 日本生化学会(大阪);1994年9月9日

横溝岳彦、魚住尚紀、粂和彦、和泉孝志、清水孝雄
ロイコトリエンB4脱水素酵素のクローニングと発現、東京プロスタグランジン研究会;1994年11月

横溝岳彦;ロイコトリエンB4脱水素酵素のクローニングと発現、厚生省酵素障害研究班班会議(東京);1994年12月13日

藤田聖子、魚住尚紀、横溝岳彦、清水孝雄, 武谷雄二;モルモット腎臓におけるLTB4の代謝経路 日本生化学会(仙台);1994年9月18日

Takehiko Yokomizo, Kazuhiko Kume, Takashi Izumi, and Takao Shimizu
Expression and mutagenetic study of Leikotriene B4 12-hydroxydehydrogenase.
4th international conference on eicosanoids and other bioactive lipids in cancer, inflammation and radiation injury. (Hong Kong), 1995, October 4-7

Takehiko Yokomizo and Takao Shimizu
cDNA cloning and mutagenesis study of Leukotriene B4 12-hydroxydehydrogenase
Joint meeting of American Society of Biochemistry and Molecular Biology, American Society of Investigative Pathology, American Association of Immunologists. (New Orleans), 1996, June 2-6

横溝岳彦、和泉孝志、清水孝雄;Leukotriene B4 12-hydroxydehydrogenaseの補酵素結合部位の同定 日本生化学会(札幌);1996年8月26日

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