特別企画
「20年を振り返る」


 
核医学機器の変遷と進歩 
    (株)日立メディコ 国内営業本部 核医学営業本部 営業技術顧問 谷本茂樹 先生



 最新技術を製品に反映することは業界の使命である。このため「古いものは消え去る」運命にあり、われわれの記憶からも薄れていく。時代の流れとしてやむを得ないことではあるが、ときには過去をながめて時代の文化を学び、確固たる将来像を築いていくことも必要となる。「核医学機器の変遷と進歩」が単なる昔話でなく、将来像の糧として少しでも役立てば幸せである。

わが国の核医学画像診断機器の歴史は、昭和30年代シンチスキャナの開発にさかのぼる。ヨウ化ナトリウムの甲状腺診断にはじまったシンチスキャナも、131I-ローズベンガル、131I-ヒト血清アルブミン、131I-馬尿酸ナトリウムなど矢継ぎ早やの放射性医薬品の開発とあいまって、機器の性能も急速に向上していった。
1/2inから始まった検出器のNaI(Tl)結晶は、1in、2in、3in、5inと大型化し、対向型2検出器スキャナも標準化された。記録系においては、放電式と複写が可能な打点式および画像の定量化を目的とした写真記録やカラー打点方式が開発された。ハネコーンコリメータや散乱線除去装置は画質の向上に寄与し、シンチスキャナの必需品であった。昭和40年代前半には同時計数回路内臓のシンチスキャナも製作され、ハネコーンコリメータの特性を生かした断層シンチも試みられている。こうしてみれば「機器の理論的な展開」は早い時期に完成し、現在もその理論は引き継がれている。
昭和42年アンガー型シンチカメラが導入されると、機能面と画像処理に問題を残していたシンチスキャナの需要は次第に落ち込んでいった。昭和56年インドネシア輸出を最後にシンチスキャナの製造は打ち切りとなりその役目を終わることになる。
最新のシンチカメラは、画像解析の自動化、コリメータ交換の自動化による省力化がはかられ、天井走行型シンチカメラは測定室空間の有効利用に貢献している。
ポジトロン核医学は、PET検診とPET/CTに話題が集中している。検出器は従来のBGOから、GSO、LSOなど新しい素材が注目され、さらなる性能向上に研究開発の成果が期待される。