特別講演
脳機能画像診断
東京大学放射線科
講師 百瀬 敏光 先生
<脳血流トレーサーは個々の特色を生かして臨床に役立てられるべきである>
トレーサーごとの脳血流量と集積の関係をみると、高血流量域においてIMPは比較的よく追随するのだが、HMPAOやECDはカーブがねてきてしまうことがわかる。高い血流量域を評価しようとするときは、注意しなければならないことのひとつである。
それぞれの脳への集積の時間放射能曲線を見ると、HMPAOとECDはボーラス静注直後にすみやかにフラットになるが、IMPは緩やかに上がっていって、大体15〜20分くらいにピークを迎えその後少しずつ下がっていく。すなわちIMPの場合は集積の挙動が少しずつ動いている。
これらは正常脳組織における変化である。これが病変部においてはまた違った挙動を示す。
HMPAOとECDはスナップショット的な、ある一瞬の脳血流を捕らえることに優れているということができる。IMPは、検査にあたり時間設定をタイトに考えなくてはならない。
同じ脳血流トレーサーである3種の薬剤だが、脳内分布には違いがあることも肝に銘ずる必要がある。以下、正常像比較をするが、ガンマカメラの機種ごとにも若干の違いはある。
IMPの正常分布像:小脳の集積が大脳皮質より低い性質がある。
HMPAOの正常分布像:IMPと比較して小脳の集積が大脳皮質より高くなる。また線条体も高く描出されるという特徴がある。
ECDの正常分布像:前2者と比較して、側頭葉の内側部分においてIMPとHMPAOは内側と外側で同じような集積を示していたが、ECDにおいては内側が相対的に低くなっている。また閉眼状態での撮影にもかかわらず、後頭葉の集積がほかの大脳皮質より高くなる性質がある。
これらの分布の違いは、各トレーサーの脳に対するインターラクション、いわゆる集積機序の違いが深くかかわっていると考えられるが、検査にあたっては、その違いを知った上でトレーサーを選択する必要がある。
正常な状態における血流・代謝・機能はある程度平衡を保った状態にある。したがって、血流画像は代謝・機能を反映しているものと考えることができるが、各種病態においてはそれらがアンカップリングをおこしてくる。病態によって、また時期によっても血流状態描出状態に差がでてくることに注意を払う必要がある。血流代謝機能がミスマッチを起こす重要な病態は以下のような例がある。
虚血:急性期、亜急性期脳梗塞、蘇生後脳症
炎症:脳炎急性期
ミトコンドリア異常、代謝性疾患
頭部外傷
薬剤負荷時、
その他
(突然発症した話している内容が理解できない感覚性失語の症例)
感覚性失語の責任病巣はウエルニッケ中枢であるが、CT画像においてLDAはなく、脳血流画像(HMPAO)においても血流低下は検出されなかった。しかし、PETによって酸素代謝を計ってみるとその低下がみとめられた。C15O2を使った血流画像ではHMPAOとほぼ同じ画像になった。
この失語の症例では、責任病巣の変化がSPECT、CTなどではわからず、酸素代謝の測定によってはじめて明らかになった。
(脳梗塞の症例)
発症後10日目のIMPと13日目のHMPAOの画像では、病巣が高集積を示しているのに、12日目とったECD画像では低集積を示している。前2者の高集積は亜急性期の贅沢還流を示していると思われるが、ECDにおいてはそれは描出されないことがわかる。ECDの画像は、CMRO2の画像に近いものと思われる。
(ダイアモックス負荷への反応の薬剤間比較)
病変部における血流の変化は、3種の製剤の中でIMPがもっともコントラストが強いことがわかる。血流予備能の低下の検出にすぐれているといえる。
(スナップショット的使い方としてのバルーンオクリュージョンテスト)
内頚動脈を取り囲んでいる脳腫瘍の症例。この腫瘍切除においてはその血管の支配領域に脳梗塞を引き起こさないかを確認する必要があり、バルーンオクリュージョンテストが行われる。切除予定の血管内でカテ先のバルーンにより血流を止め、そのときの血流分布をSPECTによって安静像と比較評価する。血流を止める時間は短時間が望ましく、その点でスナップショット的使い方の可能なHMPAOやECDなどが向いている。この症例の場合は、後頭葉から側頭葉にかけて限局した血流低下領域が確認できる。このまま腫瘍切除をすればこの部分は梗塞に陥る可能性があり、あらかじめバイパスを行う必要があることがわかる。
(ここまでのまとめ)
脳血流は必ずしも神経症状を反映しない。
CMRO2が重要である。
急性期に予後を予測するとすれば、O2(PET)、ECDが重要。
血流予備能をみるならIMP,ECD,HMPAOの順に有効。
CVDでのPET 定量測定(絶対値)
ClinicalにはSPECT用リガンドを使い分ける。
ViabilityにはECDのほか、適切なreceptor リガンドを用いる可能性がある。
<癌の診断におけるPET/SPECT検査の役割>
癌の診断においてはPETによるFDG・メチオニンが重要である。治験のほぼ終了したFDGが市場供給されれば、PETあるいはSPECTによる診断が重要になる。
PETで何を見ているのか。非特異的代謝活性(増殖能)を指標とするものとして、エネルギー(ブドウ糖代謝)をみるFDG、アミノ酸代謝をみるメチオニン、チロシン、核酸代謝(これはより細胞の増殖能に近いとされる)チミジン、フルオロデオキシウリジンなどがある。臓器(腫瘍)に特異性のある代謝をみようとするものも、いくつかのものが試みられている。
臨床的役割としては、癌の検出(イメージング)、良・悪性の判定悪性度の評価、治療効果の評価、再発の診断、予後の予測、正常臓器機能障害の評価などが考えられる。
集積機序について。FDGは、ブドウ糖と同じように細胞内に取り込まれた後、貯蔵される経路に近いものを反映してとどまっている。メチオニンは腫瘍におけるアミノ酸膜輸送の亢進、蛋白合成能の亢進、メチル化反応の亢進などを反映しているといわれるが、その割合などについては必ずしも明らかでない。また血流の影響などもある。脳腫瘍に関していえば、FDGとメチオニンの集積は直線的な相関をもっている。それならどちらを使っても同じようにも思われるが、両者の情報は違う場合がある。
(アストロサイトーマの症例)
MRIのT1でLOWの描出になっている腫瘍だが、FDGにおいては陰性描画されている。ところがメチオニンにおいては陽性描画されている。このわけは、一般に脳正常組織は電気的活動をささえるために活発なグロコース代謝を行っており、それとの相関で腫瘍のFDGの集積が陰性に見えたのである。またアミノ酸代謝は正常脳組織でもそれほど活発ではないので、メチオニンが陽性に見えたものである。
(別の症例)
X−CTにおいては少し造影されているようにも見えるが、腫瘍範囲は明らかでない。FDGにおいてもほとんどが陰性に描画されているだけであるメチオニンでは広い範囲が強く陽性描画され、腫瘍の範囲が明瞭になっている。
糖代謝の定量評価についてはいくつかの方法がある。
1)局所糖代謝率:採血をして絶対値をもとめる。
2)速度定数(K3):局所への貯蔵にあたるものをもとめる。
これらは処理が煩雑で日常的に多くの患者さんに対応するのには、必ずしも適した方法ではない。
3)正常対照群との比較(視覚的評価法)
:正常白質部(L/WM)、正常灰白質(L/GM)
Grede1 正常白質以下(WM>TU)
Grede2 正常白質と同程度(WM=TU)
Grede3 正常白質と正常灰白質の間(WM<TU<GM)
Grede4 正常灰白質と同程度(GM=TU)
Grede5 正常灰白質以上(GM<TU)
このようなグレード設定によって評価する方法も腫瘍組織のグレードや予後によく相関する。
(アストロサイトーマ術後の症例)
手術6ヶ月後のMRI造影で、一見再発のようにみえる。ところがFDGの画像では陽性に描画されない。従来このようなMRI画像ならば再開頭してそこを取るようなことをしていたが、MRIでこれほどの造影描出されエデーマを伴うような腫瘍ならばFDGが入らないのは考えづらい。結局、放射線壊死とのことでステロイド療法をして改善した。
(AVMの症例)
ガンマナイフをかけた後のX−CT造影で陽性に描出されている。AVMが活性化した、または腫瘍化したというようなことさえ鑑別に上がる状態だった。FDG像では淡い描出とはなっているもののLOWグレードであり、照射による影響と考えるのが妥当と思われた。ところがTLのSPECT像では陽性描画された。結局、手術をして血腫との結論になった。この症例からも、FDGのほうが、TLよりも腫瘍の判定に関して有用な情報を提供しうる、という感触をもつ。
予後予測について
腫瘍の組織形と予後との関係ははっきりとしているが、FDGの集積と予後の関係にも相関があり、FDGの集積が低いものほど予後がよいことがわかっている。メチオニンも同様のことがいえる。
機能画像の使われる例としてのてんかん
薬で改善しない難治性のてんかんは外科手術によって治療する。また東大の倫理委員会をとおった方法として、てんかんの焦点に放射線を当てることによって開頭せずに治療する試みが始められようとしている。そこで大切なことは、正確に焦点の同定をすることである。CT・MRIでは基本的には検出できない。東大における臨床の脳波検査手順では、まず外来で脳波・CT・MRI・非発作時SPECT(HMPAO/ECD)およびFDGを行う。入院の後、発作中のSPECT(HMPAO/ECD)を行う。ここまでの情報で焦点の同定ができれば治療に進む。。
発作時SPECTは、言葉では簡単だが実際は大変でかなりの忍耐を必要とする。
前日から坑てんかん薬をオフにして、脳波をモニターしながら発作開始速やかにHMPAOもしくはECDをボーラス注入する。このとき頭に薬剤が到達するまで10秒程度かかるのも考慮に入れなければならない。
(症例1)
22歳女性。非発作時のSPECTおよびFDGにおいて右の側頭葉に集積低下域がある。これが発作時SPECTでは同じ部位に高集積が認められる。焦点がはっきりした症例。ロベクトミーによって治った。
(症例2)
視野欠損があり意識がなくなる発作を繰り返す症例。発作時SPECT。左側頭葉から後頭葉にかけて高集積が認められ焦点が同定された例。
(症例3)
一見てんかんとは見えない症例。失語(言葉が理解できない)を症状としていた。MRIでは何もなし。通常のSPECTをとったところ側頭葉の血流が上がっていた。これは脳波によって発作を起こしていたことが確認された。後日発作がないことを確認してのSPECTでは集積はなくなっていた。このように、臨床上はっきりしないようなてんかん発作でも、通常のSPECT検査の中で時々確認されることがある。
<脳機能を探るというテーマ>
このテーマについては、解像力などの違いからSPECTよりPETの方がよい。
機能局在のマッピング
脳においては機能状態に応じて、代謝・血流が変化する。
(意識障害の症例のグラフ)
意識状態が悪くなると、ブドウ糖代謝が落ちてくることがわかる。
(意識状態によるブドウ糖代謝の比較画像)
安静覚醒時の画像に比較して、植物状態においては1/2から1/3程度になっいる。脳死状態では真っ黒になっていて、ほとんど何も見えない。このように意識レベルとブドウ糖代謝は深くかかわっている。
(意識状態による血流の比較画像)
安静覚醒時の画像に比較して、睡眠中は20数パーセント血流が減っている。しかし、植物状態の場合ほど減ることはない。
一般に血流値はいろいろなファクターで変動する。
1、PaCO2
2、意識レベル(脳波)
3、drug
4、unkown factors
特に重要なのはCO2レベルである。
(血中PaCO2による血流比較画像)
40mmHgの画像に比べ、22mmHgまで落ちたときは、約半分の血流量になっている。
(睡眠状態による血流比較画像)
安静時に比べ、眠りが深くなるほど血流が下がっているのがわかるが、夢を見ている時はむしろやや高めの状態になっている。どんな意識状態で血流評価をするかによってもその値は変化してしまうことに、注意が必要である。
いろいろな神経機能画像を使って、高次機能の観察をしようとするわけだが、脳の電気的活動を一次信号だとすると、(PETによって観察される)血流というのはそれにともなう二次信号であるといえる。その二次信号を観察することによって脳の活動状態を把握しようとしている。これに対しfunctional
MRI/近赤外線などは、酸素の需要と血流供給が不一致をしているところをつかまえる原理をつかって観察する方法である。
(ラットによる実験画像)
電気的刺激のある脳領域に一致して、FDGの集積がみられ、また血流の増加が見られる。電気的活動と代謝と血流はほぼカップリングすることが確認できる。
高次機能を見ようとするときの方法は、負活試験を行う。負活試験は、被験者の負活時の脳血流測定と安静時の脳血流測定を行い、前者から後者を差し引いてやることによって、負荷に対応する機能の局在を同定しようとするものである。
(賦活状態による血流画像の比較)
目隠しをして耳栓をした状態(安静)と比較して、耳栓をして目隠しをはずし光刺激をした状態では後頭葉の血流が上がっている。目隠しをして音楽を聞かせた状態では、後頭葉の血流が下がり側頭葉の血流が増えている。
これらの差分画像をつくることによって、たとえば音楽聞かせている状態での差分画像では、側頭葉第一次聴覚野の所の血流が上がっているのがわかる。こうした差分画像によってえられた場所の同定方法は、同じ被験者のMRIによる脳表画像との重ね合わせによって得ることができる。
しかし、このような単純な刺激においてはよいが、高次機能に関連してえられる信号はごく弱いものであるので、それをどうやってノイズの中から引き出すためにいろいろな統計的処理を行う必要が出てくる。
統計機能解析は、一人の被験者において行う場合と、多数の被験者において行う場合がある。後者の方法においては、標準脳が用いられる。
一人ひとりの脳の形は違うのだが、機能局在の面から見てみるとその相対的な位置関係はほぼ同じものである。たとえば中心溝に着目して、個々の脳の座標軸を標準化したものに当てはめてみると、ほほ同じ所にあつまるのがわかる。指の刺激の試験による賦活部位の多数被験者データを標準脳にあてはめてみると、ほぼ同じところに集まっている。こうしたことから標準脳が(臨床にも)使えるだろうと思われる。標準脳は、タライラッハという人のものが主流だが、いろいろなものが(提案されていて)使うことが可能である。ある標準脳に被験者個別の脳を合わせこんでいき、ピクセル毎にt検定を行う。
(10数名の被験者において、耳に左右それぞれ別の単語を聞かせつつ右耳の単語に注意をむかせるという刺激を与えた場合の画像)
右半球では、聴覚中枢のほか、注意の方向の中枢といわれる縁上回が賦活化されている。左半球では、側頭葉の言語中枢がかなり広範に賦活化されている。
ワシントンのグループがやった例は、ものを見ているとき、単語を聞いているとき、言葉を話しているとき、ある名詞を聞かせてそれに関連した動詞を言わせたとき、の賦活領域の違いを標準脳の上で表示できている。こんな風に使うことができるという例である。
一方、標準脳への合わせ方については、注意が必要である。単に線形変換だけして合わせこんだPET画像にくらべ、われわれが開発したニューラルネットワークを使ってさらに精巧に合わせたPET画像とを比較してみると、よりシャープに賦活化領域を表示することがわかる。現在では、単に線形変換を使っただけのものでなく、非線形変換を使ってきれいに合わせこむ手法が主流になってきている。
標準脳は現在いろいろのものがある。
Talairach atlas
Japanese normal brain
2D-surfase map
Kretschmann and Welnrich
Brainprints (Jouandet,Gazzaniga)
こうした標準脳はコンピューターソフトとしてパッケージになっている。
SPM
HBA
3D-SSP、など
いままではPETの賦活試験に使っていた。今後はSPECTへの応用も追求していくことによってSPECT画像の自動診断の可能性も考えられている。
HMPAO、ECDの画像を標準脳に当てはめを試みると、線条体がきれいにでている、あるいは後頭葉が高いといったそれぞれの特徴がよく出ているのがわかる。これをSPECTの賦活試験に応用してみた。
指運動をさせる賦活試験のECD画像の標準脳へ当てはめることを、6名の被験者について行った。運動野、補足運動野、小脳に賦活領域ができているが、各領域がどれだけの確からしさで検出されているかが自動的に評価できるようになっている。この結果をPETの同じ賦活試験の結果と画像比較してみると、ほとんど一致しているのがわかる。
(お手本の簡単な家の絵をまねて書き写すことができないという症例)
FDGとIMPの画像において、左右差があり病変部分が出ているのがわかる。しかし、この欠損部分が正確にどこの領域なのかということを病態毎に知るには、従来の方法では、PET画像から領域を同定した上で電子アトラス上に重ね合わせをする。一つひとつの症例について2〜3日くらいの作業をしなければならないもので、煩雑なものである。
これに対して、SPMなどのシステムを使うことによって、各病態毎の特徴的な脳血流低下領域を同定することが可能である。また、一人ひとりの患者さんについても同じシステム上で正常例のパターンと比較して評価することが可能になった。
<神経伝達系について>
神経伝達系は脳機能画像の関連した臨床の中で、今後重要な分野であるといえる。神経伝達系はやっと最近になってわかり始めてきたというべき状態である。ドーパミンの伝達系の分布を例示した。神経伝達系はいろいろの種類が存在する。
神経細胞間の電気信号受け渡しの場であるシナプス。シナプス前の神経終末、そこから放出される神経伝達物資、シナプス後の神経細胞膜上にあるその受容体の機能を観察することになる。
病気によってこれらの機能はダイナミックに変化する。病気によってシナプス前の機能が落ちてくると、代償的に機能を補おうとその受容体の数をふやす変化が起きる。逆に前の機能が亢進すると、受容体が減って補おうとする。
トレーサーの分布は、時間とともに脳内分布が変化している。その分布変化を解析する必要がある。計算式を使って等価的に評価するわけだが、解析には、通常「血漿」、「遊離」/「非特異結合」、「特異結合」などのコンパートメントモデルを立てて行うが、なるべくシンプルなモデルを用いるために、「遊離」/「非特異結合」を一括して扱うことが多いようである。
11C−NMSPを使ってパーキンソン病とウィルソン病を比較すると、前者ではD2受容体が保たれているが、後者では落ちているのがわかる。D2受容体は加齢とともに低下していくが、低下の強い病気としてはウィルソン病のほか線条体黒質変性症、ハンチントン舞踏病などがある。
神経末端におけるチロシン → ドーパ → ドーパミンの生成過程の障害を見る場合、チロシン → DOPAの過程みるには18F−チロシン、ドーパ
→ ドーパミンの過程を見るには18F−DOPAなどというように、見たいところによってトレーサーを替えればいいわけである。正常者の18F−DOPAの分布をみると、受容体に比べあまり年齢差がない。
(パーキンソン病の受容体の分布と脳移植後の分布の比較像)
欧米においてパーキンソン病の治療の方法として、死後胎児の中脳の移植ということが試みられている。その手術前後の受容体の比較画像を示す。術前の像では線条体への集積が特に後ろの方で落ちているのがわかる。術後生着したのちの画像では集積がある。こうした治療効果判定に使うことができる。
パーキンソン病の初期においてはDOPA、受容体ともに正常に近い像を示すが、かなり進行してくると受容体は正常だがDOPAの取り込みがなくなってきてしまう。線条体黒質変性症の場合は、病状の進行とともに受容体・DOPA両方の取り込みが落ちてくる。
われわれのところでは今、18F−FDG・18F−DOPA・11C−NMSPの3つをセットでやってそれぞれのパターンから、鑑別診断をするようにしている。PSPでは、前頭葉の糖代謝が落ちて、受容体は正常でDOPAが落ちるというパターンになる。ハンチントン舞踏病は線条体の糖代謝と受容体が落ちるが、DOPAは保たれるパターンがある。そして、こうしたことはSPECTにおいても評価が可能な薬剤がでてきている。
(PET・SPECTが解剖学的情報とは違うことをよく表した症例)
MRI画像で中脳左側に脳腫瘍が見えている。この方は右の手が動きにくいと訴えていたが、PETをとってみると受容体は正常だが、DOPAの左側の取り込みがなくなってしまっていた。すなわち中脳の変性によって、黒質のドーパミン産生細胞がなくなってしまっていることがよくわかるわけである。
これからの神経伝達機能測定で期待される領域について
(薬剤による受容体結合占有率の測定)
精神科領域で使われるさまざまな薬剤は、血中濃度を計って評価しているが本当は脳内濃度を計るべきである。
(内因性伝達物質の放出・受容体結合の測定)
人間の脳内に生理的に生成される神経伝達物質がどれくらいあるのかということをダイレクトに測定するのが、これからの方向性だと考えられる。
これらは核医学検査で重要な領域になると思われる。
(下垂体腫瘍の症例)
MRI像で下垂体腫瘍が見えている。この腫瘍のあるものにはBromocriptinというドーパミンのアゴニストがよく効く。安静時とBromocriptinを入れてからとの2回の撮像をして比較すると、薬剤を入れる前に比べ入れた後は集積が非常に低下しているのがわかる。この薬剤の効果が期待できることがわかる。
精神分裂病については、ドーパミンの過剰ということが原因としてあげられている。以前は処方される抗精神薬が精神症状は押さえる一方、体が硬くなるといった身体的な影響をも与えることが多かった。ドーパミンD2に対する阻害作用が非常に強かったわけである。これに対して新世代の薬はそれよりもセロトニンS2レセプターを阻害する作用が強いものが多くなっている。その薬がどの程度脳の受容体をブロックしているかを測定できるようになってきている。D2受容体の方は、Racloprideを使い、スピペロンでセロトニンS2レセプターをみるようになってきている。薬ごとの影響を画像で比較してみると、Controlに対して、以前のhaloperidolという薬によってはD2の集積は落ちていてセロとニンはあまり落ちないのに対し、クロザピンという新世代の坑精神薬によってはD2はあまり落ちないで、セロトニンの受容体が落ちていることがわかる。このことから、以前の坑精神薬がD2受容体を70〜80パーセントブロックしており、新世代の坑精神薬がセロトニン受容体を80パーセント程度ブロックして治療効果をあげていることがわかる。IBFやIBZFとかいったSPECTトレーサーでも測定できることが可能になってきており、今後精神科領域で重要になると思われる。
内因性のレセプターとして、アンフェタミンという幻覚を押さえるのに必要といわれているものだが、これを投与するとドーパミンが過剰に放出されて精神分裂症のような症状が出現する。正常例ではドーパミンのレセプター指標となるIBFの取り込みは常にコンスタントだが、アンフェタミンを入れるとコントロールの小脳の取り込みは変化ないが、線条体の取り込みは落ちているのがわかる。この取り込みの差分だけ内因性のアンフェタミンが余計に放出されたことがわかる。このような取り込みの差を見ることによって、内因性の伝達物質の放出量を測定できる可能性がある。
最近のNATUREに掲載された論文に、テレビゲームをやっているときのドーパミンの放出量を測定したものがある。戦場のタンクを目的位置へ移動させるといった内容のゲームをやっているときとコントロールを比較したもので、ゲーム中はドーパミンが多く放出され、リガンドが入る量が少なくなっているのがわかる。ここでもゲーム中とそうでないときのリガンド取り込みの差分が、ゲームによるドーパミン放出量として計られている。
他に、てんかんの焦点でブドウ糖代謝は落ちているが、逆にOPIATEレセプターが増えていることがアメリカで発見された例がある。
要するに、内因性の物質が情動などによってどのように変化するのかを計測する可能性を、PET・SPECT装置ともに秘めていることがわかる。
今後さらに、神経症とかうつ病とか人間固有の病気に対して、適切なトレーサーを見つけられれば、その病気の特有な側面が見えてくる可能性がある。そうすれば、PET・SPECT装置を使った検査で病気がわかってくる可能性があり、脳科学の発展に核医学がおおいに寄与するであろうことも期待される。