教育講演「脳循環の調節機序」
慶應義塾大学病院 神経内科 天野 隆弘 先生
はじめに 脳循環の調節機序が現在どのように考えられているかを、主として基礎的な研究面からまずお話しします。次に臨床の場でこれらの知識がどのように具体的に利用されているかお話しします。
脳循環の基礎
1)脳循環を規定する因子
脳循環の調節を考える上でまず脳血流が如何なる因子でコントロールされているかを考える必要があります。一般に、脳血流(CBF Cerebral Blood Flow)は以下のように考えられています。
平均動脈圧―内頸静脈圧
脳血流 = ――――――――――――
脳血管抵抗
この式で分母、分子に、種々の因子が関与して脳血流が規定されています。すなわち脳血流が調節されています。右辺の分母は脳の出口と入口の血圧の差(圧差)という事になり、それは脳灌流圧と言われております。内頸静脈圧は低いので、ほぼ平均動脈圧(MABP)の変化と考えればいいのですが、頭蓋内圧が脳腫瘍や脳卒中で上昇した場合はこの潅流圧に脳内の圧が影響します。もう一つは分母ですが脳血管抵抗、脳血流への抵抗因子です。脳血管抵抗には脳血管の因子が大きく、潅流圧に対してどう抵抗するかで流れが変わって来ます。脳血管抵抗はPoiseulleの法則でπx(脳血管半径)4と表されますが、この式からわかるように、いろいろな脳血管抵抗に影響する因子の内、特殊な事は別にしまして、普通の状態で一番脳血管抵抗に効いてきますのは、血管が縮んだり拡張したりして口径が変化することであるといえます。他には、脳血管中の血液の因子が血流への抵抗となります。これは簡単に考えればドロドロした血液は流れづらいですし、反対に貧血などでサラサラしていると流れやすいと考られます。血液が濃い状態、(ヘマトクリット値で表しますが)や多血症で赤血球が増加すれば当然流れづらい因子になります。血管管抵抗を構成する因子の中で、最も重要な血管のトーンすなわち血管口径を縮めたり拡張する因子が何か?ということが脳血流の調節ということからいうと非常に大事になります。この脳循環調節機序には色々あります。主なものをご紹介します。
2)脳循環の調節機序
一つは、血管を拡張させたり、収縮させたりするChemical因子がありこれが重要であるとまず注目されました。化学的調節と呼ばれています。当初は全く意味が無いとされていましたが、最近大変重要だと言うことがわかってきました因子に、脳の血管にある自律神経系があります。上頸部交感神経系やそれ以外にも色々な神経系が血管周囲に分布していることが最近組織学的に証明されこれが脳血管口径を変化させ脳循環を色々調整していると考えられます。もう一つはBayliss効果あるいはMyogenic theoryといいます。これは風船を考えるとわかり易いのですが、風船を膨らましたときと同様に血管も弾性がありますから血管拡張にたいし血管筋などの弾性で縮もうとする圧が働きます。これを言います。当然血管も圧で広げられればそれに対して反作用で縮めるような作用が起きているわけです。これが実は一番古くから言われている脳循環の調節因子です。もう一つは当然血管を広げる血管拡張剤や拡張や収縮に働く色々な薬物、物質による影響です。
独特の機構として脳循環自動調節Autoregulationと言う機序があります。これは、正常状態では血圧が著しく変化しても脳血流が一定に維持される機序があります。この点はまた後で詳しくお話します。
a)脳循環の化学的調節機序
脳循環が人で測られるようになったのは1944年前後です。その頃から笑気ガスN2Oを吸った際の動脈血中、内頚静脈中のガスの濃度を測りまして、脳血流量を測定することがKety先生によって可能にされ、脳の正常血流が50-60ml/100gbrain/min あるということがわかりました。脳血流測定が可能になり血流調節で何が一番効いているか?重要であるか?ということが注目されてきました。その結果、炭酸ガス吸入で脳血流は大きく増加し、逆に過呼吸で減少することが示され、この化学的調節が重要だとされてきました。自然の状態でも呼吸で血液中の炭酸ガスが増えたり減ったりしています。炭酸ガスが増えれば脳血管は拡張します。あるいは炭酸ガスが減れば脳血管は縮みます。減る方を考えますと、良く若い女性などが不安でハァハァと過呼吸をしますと、目の前がボーっとして来たり、頭痛や手足が冷たくなり息苦しくなって来ます。この状態で病院にくれば過呼吸症候群と診断されます。これは、脳の血管が収縮して脳血流が減少したことに本態があると理解できます。他には、脳波で過呼吸をして脳のウイークポイントの所を虚血にして異常脳波をでやすくする負荷検査、過呼吸負荷としても使われています。この調節機序を利用したものです。
この化学的調節がどんな作用をしているかをさらにご説明します。私が神経内科に入ったころから始めました実験ですが、猫を麻酔後ビデオカメラで脳血管の変化を記録しました。幅解析機につなぎ口径の変化を連続記録出来るようになりました。
例えばいま、炭酸ガスを猫に吸わせますと、血管口径は増加し拡張してきます。炭酸ガスを吸わせるのを止めますと、少しづつ縮んで来ます。静脈も同様ですけれども、動脈の方が大きく動きます。血圧は、炭酸ガスを吸わせますと神経系を介し末梢血管を収縮させますので少し上がってきます。この炭酸ガスが脳血管を拡張をする機序はどういう作用かという事になりますが、その中心的役割をしているのが、実はcarbonic anhydraseという酵素です。
血管の内腔からCO2はガスですからすぐに血管壁に入ります。この時にcarbonic
anhydraseが働きましてH+の変化になります。結果としてpHが変わリます。PHが変わり、血管壁の筋トーヌスが変わり血管が拡張することがわかってきました。これを、血管壁のpH
theoryと言い化学的調節の本態と考えられています。 SPECTを行っている施設でAcetazoramideを使い血管反応性を見るというのは、このcarbonic
anhydraseをブロックすることになります。特に一番問題なのは、赤血球の中にもcarbonic
anhydraseがありまして、500mgとか1gのcarbonic anhydrase抑制薬(Acetazolamide)を投与すると、まず赤血球中のcarbonic
anhydraseをブロックします。この結果、赤血球を介した炭酸ガスの脳組織からの運び出しが無くなります。脳組織に炭酸ガスが溜まって、脳血管に影響して血管を開くことになります。ダイアモックスを注射した後には脳血流が増えるのが見られるわけです。それを血管反応性としていることになります。しかし、CO2が溜まったからCO2反応性を均一に見ているとはいえません。脳虚血で梗塞があると、脳組織は異常組織になっていますから、作られる炭酸ガス量は正常な組織と違い少なくなります。結局、Diamozx負荷をしてcarbonic
anhydraseをブロックしても、均一に見ていることにはならず炭酸ガス反応性とは言えないわけです。LassenはこれをMetabolic
stimulationと旨い言葉で表現しています。炭酸ガスすなわち血管壁のpH変化による化学的調節機序が最も早くから研究され、本態が明らかになってきたといえます。脳の代謝が進み炭酸ガスが出来て脳血管が拡張します。逆に神経機能が低下して代謝が低下すると炭酸ガスの作りが少なくなり、血管が収縮します。この炭酸ガスを介した調節、化学的調節機序は今でも最も大事な脳循環の調節機序です。
図1CO2が血管壁pHを変化させ脳血管 図2脳血流と血圧の関係
を拡張する機序(文献2による) (文献1 Lassenによる)
b)脳循環自動調節
次ぎに先程ちょっとお話しましたAutoregulationということが1955年前後から話題になってきました。これは、これは有名なLassen先生が人間で脳血流を測かった色々な文献から図2に示しますように、平均動脈血圧(収縮血圧から拡張血圧を引いて、その差の1/3を拡張期圧に足したもの)が、だいたい50-60から100mmHgぐらいまでの間では、血圧が変わっても正常人では脳血流は一定の維持されていることを明らかにしました。我々は例えば寝ている位置から立つと心臓から脳への圧差が変わります。しかし、脳血流は減らない。このAutoregulation自動調節の機序があるからで、図2のように一定の血圧の変化範囲では、脳血流は一定に保たれている。この調節は如何なる機序で維持されているのか?未だに完全には解明されていません。しかし、機序は脳血流を考える場合非常に重要です。後で臨床の所で実際これが障害された場合どんなことが起きるかという話をしようと思っております。
c)神経性調節
私が内科に入りました昭和45年に私の同級生がたまたま興味ある患者さんを診ておりました。排尿障害で泌尿器科に入院しており、泌尿器科の訴え以外に、寝ている状態では著しい高血圧がありました。所が、その人は立ち上がると真っ青になって、暑いときには特にひどく、バタっと失神して転倒してしまうことがしょっちゅうでした。Shy-Drager症候群でした。中枢神経の自律神経系が広汎に障害され、加えてオリーブ橋小脳萎縮症の症状、病変の広がりのある疾患です。なぜ意識が無くなって倒れるか?というところに我々は興味を持ちました。
脳からでてくる内頸静脈中の炭酸ガス濃度、酸素濃度、pH、また全身の動脈の酸素濃度、炭酸ガス濃度、pHを連続記録する方法が我々の教室の後藤により開発され、検査可能でした。この検査を行うと、仰臥位から立位にして平均動脈血圧が減少すると、動脈のパラメーターは変わらないのに内頚静脈中では酸素分圧が下がり炭酸ガス分圧は上昇しました。立位で脳代謝が変わることはあり得ませんから、脳血流が下がってきたと解釈出来ます。この血流低下で実は失神を起こしていることが明らかになりました。 複数のShy-Drager患者さんに検査を施行しますと、いずれも同様の結果でした。このことから、中枢神経の自律神経系が広汎に障害されているShy-Drager症候群では自動調節が障害されており、この為に立位で血圧が下がると脳血流が下がり失神発作が起きやすいことがわかってきました。炭酸ガス吸入によるCO2反応性は正常に保たれているという事もわかりました。
このShy-Drager症候群では、脳の自律神経系がやられている疾患であることから、脳の血管にいっている自律神経系(これまでは重要視されていませんでした)が脳血管調節に重要であることを示していると発表しました。
それ以後世界中で自律神経系脳循環調節の研究が広がり、重要な調節機序の一つと考えられるようになって来ました。
動物実験でも、脳表の血管口径は、炭酸ガスを吸わせると血管が拡張して太くなります。
この反応血管は口径が50ミクロン以下の細い血管で反応性が大きいことがわかりました。一方、血液を脱血しまして血圧を下げますと、動脈は50ミクロン以上の太い血管で大きく拡張しました。自動調節では太い血管に役割があると考えられました。
こんなことから、図3に示しますように、太い血管には自律神経支配が豊富で、血圧変化に対して働いているのは太い血管であり、細い血管は脳の中にはいってますから脳代謝で出来たCO2あるいは血管の中のCO2を介した化学的調節を主にやっていると考えました。このことから、後藤は脳血管は二重にコントロールされているとの説Dual control theoryを発表しました。
Shy-Drager症候群の検討から神経調節に注目が集まり、現在多くの人が神経性調節の存在を認めるようになっています。
動物実験で、血圧を脱血して低下させた時の脳表血管口径の拡張、再び注入して血圧を上昇した時の血管収縮反応が、色々な自律神経作動薬を投与するとどうなるか検討しました。
ヘキサメゾニュウム投与でこのような血圧変動への反応が無くなってしまいます。この評価には、血圧の降下1mmHgあたりに血管の変動が何パーセントしたかという比 VMI(vasomotor index)を計算して評価しました。
― 血管変化(%)
VMI=―――――――――――
血圧変動(mmHg)
正常では、脱血して血圧を下げたときの拡張反応と血圧を元に戻したときの収縮反応ではVMIは大体一定の正の数になり、つりあっています。ヘキサメソニウムを投与しますと、値が負に近づき、自動調節が障害されたことがわかります。テトロドトキシンでの脳血管の神経をブロックしたり種々の自律神経作動薬を投与しても同様の結果でした。種々の自律神経抑制薬投与の結果、特に血圧が上がった時に収縮する反応が障害されやすい結果でした。
自律神経に関しましても交感神経、副交感神経以外に、最近はいろんなニューロペプタイドが出てきまして、アセチルコリン、VIP、サブスタスンスP、CGRPなどの神経ペプチドが同定され、しかも脳血管にこれらの神経系が密に分布していることも明らかになりました。
d)内皮性調節―――特にNitric Oxide(NO)の役割
脳血管を照らす強力なXeランプを使用した時、紫外領域の光も入っていますと脳血管の内皮が組織的にも障害されることがわかってきました。一定の時間、紫外線を脳血管に照射して脳血管内皮を障害することが可能になりました。内皮障害を作成し、脱血して血圧を下げると血圧に対して血管の拡張反応性が無くなります。つまりAutoregulationが無くなり、内皮性因子も調節に関わっていることが明らかになってきました。VMIで評価しますと、拡張反応、収縮反応も障害される結果でした。この血管にCO2を吸わせましたら拡張反応は保たれておりました。このことから内皮性因子も脳循環調節特に自動調節に重要だということになりました。
この頃、Furchigottがアセチルコリンの拡張反応は内皮を介した拡張因子(EDRF)をかいして働くことを明らかにしました。その後、この因子は内皮で作られるNitric oxideとわかってきました。それはNOと呼ばれ、今世界中いろんな分野で注目を集めている物質です。
後にイギリスのグループがNOの拮抗阻害物質としてLNMMAという物質などを合成しました。これを投与しますと、血管内皮でアルギニンからNOを生成することを選択的に抑制出来ます。
NOで実際に化学的調節はどうか?先程の内皮障害でもCO2反応性は障害されませんでしたが。LNMMAを投与してNO産生を抑制した前後でCO2反応性を検討しましたが変化ありませんでした。CO2の拡張反応にNOは関係ないと考えています。
次ぎにAutoregulationに、この拡張物質NOは関係しているか?検討しましたました。血液を脱血して血圧を下げたとき、血液を戻して血圧を元に戻したときで自動調節能を検討しました。NO阻害剤(L-NMMA)投与後、さらにこれを中止して、アルギニンを投与するとNOの産生を元に戻せます。L-NMMA、L-アルギニンを投与して、自動調節能が変化するかも検討しました。
LNMMAを投与するとVMIが下がり反応性が障害されて来ました。Lアーギニンを投与してNOの産生を戻しますと、またコントロール時のように拡張収縮反応が出てAutoregulationが回復して来ました。この実験から内皮のNOがautoregulationに大事だということがわかります。
e)脳循環の調節因子
今までまとめますと、脳循環の調節ということに関しては以下の因子が主にあります。
1) 血中CO2、脳組織で代謝されて出るCO2、その他代謝産物などの因子による化学的調節
2) 頚動脈周辺にあります頚部交感神経、その他の自律神経系による神経性調節
3) 内皮で出来る拡張物質、特にNO、又収縮物質エンドセリンなどによる内皮性調節
4) Bayliss効果(Myogenic theory)この4つのファクターが中心になって脳の血流は上手くコントロールされていると今わかってきたわけであります。
B)脳循環の臨床
今は研究的なお話ですが、これら種々の因子が脳の血管口径を変化させ血流の調節をしていることがご理解頂けたと思います。次に実際それが臨床の患者さんでは、どのような病態で、どうやって破綻され、どんな影響がでるかが問題になります。全部お話しするときりがありませんので、主な所だけお話しします。
1)全脳血流測定
脳循環の測定ということは先程言いましたように、1944年前後からKetyがN2O法で脳全体の血流がいくつか、測定出来る方法を見つけました。「N2O法による全脳血流」といっております。
2)脳局所血流測定
後にLassenがアイソトープ(133Xe)を頚動脈に注入し、脳の取り込み具合のカーブをDetectorでとらえ、この分析から脳の前頭葉はどれくらいの血流、側頭葉はどれくらいの血流と局所的に脳血流を測定する方法を作りました。
更に後には、彼らはコンピュータ処理し、手足を動かしたり、話をしたりしたときに関係するそれぞれの脳表部位で血流が増えることを画像化して明らかにしました。
この局所血流の測定は全世界に広がって行われるようになりました。後には、CTを利用した113Xeガス吸入によるCT-CBF、PET、SPECTなどが次々に脳循環測定法として開発されてゆきました。
人での自動調節の意義、潅流血圧、すなわち血圧が下がっても脳血流が一定に保たれる脳循環の自動調節が非常に大事だということをお話ししましたが、これが実際の臨床ではどのような意義があるかお話ししたいと思います。
自律神経系の障害されているShy-Drager症候群の患者をお話しましたが、脳出血の患者さんでは、急性期には頚動脈の酸素は、血圧を下げると下がってきます。ですから脳血管障害でも自動調節が障害される時期があることがわかります。脳梗塞の急性期でも、血圧を下げれば脳血流は下がり自動調節が障害されていることがわかります。
このAutoregulationの障害があるため、脳出血で血圧を上げると血流が増え脳浮腫もひどくなるということになります。脳梗塞では、入院時の血圧が高いからといって下げすぎると脳梗塞部分や周辺で血流が下がり梗塞巣が広がることが知られています。
このように脳梗塞急性期には、表1に示すようにそれぞれ一定の期間自動調節は障害されており、これを考慮して原則的に脳梗塞の急性期に降圧剤は用いないことが大切であるとわかります。一方脳出血では浮腫で状態が悪化するため、血圧を収縮期で160-140mmHgにコントロールする事が大切です。
4) 各種脳循環調節障害の病態
PETのように、脳血流だけでなく代謝がはかれるようになると、正常の状態ではCouplingといいまして、脳代謝が更新するとCO2が増え血管が拡張して脳血流が増えます。代謝が減少すれば血流が減るというように代謝と血流というのはカップルで変化します。ところがuncouplingまたはmismatchといいまして代謝と血流の関係が必ずしもパラレルでなくなることが動物実験や人の検査で明らかになってきました。Luxury
perfusion syndrome:このひとつが、早い時期にLassenが言い出したもので、Luxury
perfusionsyndrome【ぜいたく】潅流症候群というものです。脳血流は、脳梗塞の部分で減少しないでかえって増加している状態です。これは、代謝との関係で血流が増加していると定義しますと局所血流測定で当初言われたより遙かに高頻度に見られます。PETを行い検討しますと脳梗塞急性期の8割位は3〜4日から3週ぐらいの間この状態になっていることがわかっています。この病態がありますから、脳血管障害急性期に血管拡張剤を使うと正常な部分の血管が拡張し肝心の病巣部への血流は圧の勾配で周りにゆき減ってしまうということが起きてしまいます。このLuxury
perfusionのため、Lassenは「急性期に脳血管拡張剤を使うのは禁忌」と指摘しました。その影響でその後今日まで脳梗塞急性期に血管拡張剤は使わ無くなっています。
misery perfusion syndrome : ischemic penumbra
Uncouplingのもう一つは、PETでmisery perfusion syndromeと言う病態がわかってきました。これはさっきのLuxury
perfusion syndromeの反対で「貧困潅流症候群」と言われています。代謝の要求に比して十分な血流が無く哀れな状態になっている訳で、まだ血流の改善を図れば梗塞にならないよう救命出来る状態と考えられています。これを言い出したBaronは、脳梗塞急性期14日以内に18%の症例で出現していたと報告しています。
脳組織が血流から酸素を抽出できる割合(酸素抽出率OEF)で検討してBaronが明らかにした概念です。代謝要求に比し血流が落ちており、OEFが上昇した状態と定義されています。血流改善で可逆性な部位であると考えられています。
一方、動物実験を中心にAstrupらによってIschemic penumbra という概念が明らかになってきました。これは虚血の周囲にペナンブラ(ちょうど日食の時に太陽が欠けてしまって半分暗くなっている部分を言います)と呼ばれる部分があり、脳梗塞の中心部と違ってまだ助けられる部位と言う概念です。
特殊なSPECT診断薬の開発
このような梗塞になっていない部分を画像化して目に見えるように出来ないかが注目されます。最近Iomazenil SPECTが検討されています。我々の検討では、内頚動脈が閉塞し大きな脳梗塞がありますと著明な血流低下だけでなく、Iomazenil SPECTを行うと神経細胞のbenzodiazepine受容体の働きも無くなっています。
しかし、同じ内頸動脈閉塞でもMRI上梗塞になっていない部分にまで血流低下に加え、Iomazenil SPECT上は神経細胞のbenzodiazepine受容体の働きが無くなっている像が得られています。このように、脳梗塞になっていないが虚血の影響を受けている部分の画像化が可能なわけで注目されます。
また最近ドーパミンD2受容体のSPECT用画像診断薬IBFが出てきました。ドーパミンというのは中脳の所にこのドーパミンを含んだ黒質という細胞があります。この黒質のドーパミン細胞が枝を出し線条体に連絡が行っています。実はこの系が障害されたのがパーキンソン病という病気であります。従来は臨床症状だけでパーキンソン病と診断されていたわけですが、病変部位である線条体のD2受容体画像や、ここにゆくドーパミン線維のトランスポーターのマーカーβ-CITも出現し画像化出来るようになりました。このように、新しい診断薬の開発によって、より正確に機能画像として病変の機能を画像化して論議できるようになってきています。
3D-SPECT
SPECTを3次元的に見ることも出来るようになってきました。アルツハイマー病という痴呆の病気があります。今までは、両側の頭頂葉・側頭葉血流低下、これはもともとそこの神経細胞が障害され代謝が落ちて、この結果血流が低下した部分としてSPECT血流画像で血流低下した部分として見いだし、診断に使用しているわけです。 勿論PETで見れば早い時期にそこの部分がグルコース代謝が落ちていることがわかりますが、日常の検査としては向いていません。この所見もアルツハイマー病診断に役立ちますが特異性になお問題がありました。
3次元SPECTにしますと、アルツハイマー病で興味ある画像が見つかりました。アルツハイマー病では、教科書的に脳全体が萎縮していますが、運動野、知覚野の部分はわりと萎縮が軽いということが特徴であると複数の教科書に記述されています。実際組織変化も、この部分のアルツハイマー病変化は他の部分に比べて軽いということがわかっています。このように萎縮が一部軽いことは他の痴呆疾患にはなくアルツハイマー病独特の変化と考えられます。そこでMRIなどで構造変化として捉える以前に、SPECTで血流変化の差としてこの部分が比較的変化が少ない部位として描出できないか検討しました。
3次元SPRECTをアルツハイマー病患者複数に行ってみますと、中心溝前後の運動知覚野ではSPECT上、血流が周囲より保たれていました。アルツハイマー病にみられる肉眼所見をSPECT血流画像からちょうど逆三角形状に血流が比較的維持されている部分として描出できることがわかりました。今後この所見が確定診断としては病理組織診断しかないアルツハイマー病で、比較的早期に正確に診断できる方法になる可能性があり、昨年9月アルゼンチンの国際神経学会で発表したのですが、興味を持たれ期待をしているしだいです。
さらに、アメリカではSPECTでFDGを使ったブドー糖代謝の画像も出来るようになっています。まとめ以上基礎的にお話ししました脳循環の調節機序とこれの破綻した病態、また血流画像中心に臨床の場で診断や病態把握に応用されている姿をその一部ですけれどもご紹介しました。
今後SPECTのように、簡便に、しかも血流画像だけでなく、神経細胞のbenzodiazepine受容体の画像化、ドーパミン系の画像化、さらにはブドー糖代謝など幅広く人で検査可能となって行くものと思います。こうして患者さんの負担が少なく、容易かつ正確になった診断法の開発がますます進むものと期待されます。
より高度な治療に向かう意味で、今後、核医学検査の果たす役割は益々大きくなってゆくものと思われます。
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天野隆弘:脳循環とNO Clinical Neuroscience 16:792-796,1998
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天野隆弘、小林祥泰 編集、中外医学社、1998
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