1996年11月30日納会 通算第278回

新しい心筋SPECT製剤における有効利用

─ガイドライン試案─

特別講演            司会

放射線医学総合研究所 村田 啓 先生         金沢大学 小野口昌久 氏

(講演当時 虎の門病院)             

はじめに

 近年、いくつかの心筋製剤が発売になり、心臓核医学における選択肢が多様化している。しかし、その適切な使用法は未だに確立されているわけではない。そのため、ガイドラインの早急な整備が必要であるという考えによって、1996年3月に日本アイソトープ協会から試案が公表された。本講演では、そのガイドライン作成の経過や目的などについて詳しく解説をすることとする。

心筋製剤開発の流れ

 心筋製剤として、まずタリウムが用いられるようになり、心筋血流の評価が可能となった。心筋のviabilityを正確に評価するために様々な検査プロトコールが開発されて現在に至っている。

THALLIUM IMAGING

1970`s Rest and Stress

1970`s Stress and redistribution

1980`s Stress-redistribution-late redistribution

1980`s Stress-redistribution-reinjection

1990`s Rest-redistribution

新しい心筋SPECT製剤

 本邦においては1992年以降、交感神経機能を評価するMIBG、脂肪酸代謝を評価するBMIPP、Tc-99m心筋製剤であるMIBIおよびtetrofosminが使用可能となり、近い将来にはAntimyosin Fabも使用可能になると考えられる。世界に先駆けて多くの心筋製剤が利用可能な状況が整備され、多くの検討がなされてきた。

SNMとJSNMにおける各種検査の演題数の比較

各製剤の特徴

I-123 MIBG(metaiodobenzyl guanidine)

 心筋交感神経機能画像製剤で、交感神経末端のノルエピネフリン(NE)貯留顆粒に集積する。NEは交感神経刺激伝達物質として受容体に作用するが、MIBGは受容体に作用することはない。分布はNEの分布を非常によく反映するため、交感神経機能の評価に用いることができる。

・急性梗塞;血流低下域よりMIBG低下域が広い。また、血行再建領域では血流低下域よりMIBGの低下域が著明に広い。

・陳旧性梗塞;MIBG低下域は、負荷誘発の虚血域とほぼ等しい。

・不安定狭心症;非発作時にMIBGの集積が低下していることがある。

・労作性狭心症;重篤な虚血では、非発作時でもMIBGの集積が低下することがある。

・心筋症;拡張型心筋症では、不均一な分布,集積低下がみられる。

・糖尿病;自律神経障害を伴う例でMIBGの集積低下がみられる。

・心移植;移植後しばらくはMIBGの取り込みはみられない。

I-123 BMIPP(Iodophenyl-α-methylpentadecanoic acid)

 心筋での脂肪酸代謝の状態を評価する薬剤で、側鎖脂肪酸であることが特徴である。直鎖脂肪酸は代謝が迅速であることから時間のかかるSPECT検査には不向きであるが、側鎖脂肪酸は投与後に大部分が脂質にプールされるため、その分布を測定することが可能となる。

・急性梗塞;血流低下域よりBMIPP集積低下域が広い。また、血行再建領域で、血流低下域よりBMIPP低下域が著明に広い。

・陳旧性梗塞;BMIPP低下域は、負荷誘発の虚血域とほぼ等しい。

・不安定狭心症;非発作時にBMIPPの集積が低下することがある。

・労作性狭心症;重篤な虚血では、非発作時でもBMIPPが低下することがある。

・肥大型心筋症;肥大型では血流が正常でもBMIPPは低下する。

Tc-99m MIBI(methyl isobutyl isonitrile)

Tc-99m tetrofosmin(bis(2-ethoxyethyl)phosphino ethane)

 Tc-99m標識心筋血流画像製剤である。タリウムと比較して、Tc-99m標識心筋血流製剤には緊急検査に対処可能であるなど、下表に示すようないくつかの利点がある。

抗心筋ミオシン抗体(In-111 antimyosin Fab)

 障害心筋描出用製剤である。モノクローナル抗体として開発され、障害により破壊された心筋細胞膜から進入してミオシンと結合し、特異的に障害心筋を描出可能である。心筋梗塞ではTc-99m PYPと比較して、発症後長い期間に渡って障害心筋を描出する事が可能である。心筋炎の診断においても、非常に有望視されている。

・虚血性心疾患;急性期の梗塞領域に特異的に集積する。亜急性期にも集積がみられる。

・心筋症;拡張型心筋症、拡張相肥大型心筋症でび慢性に集積。

・心筋炎;急性期および慢性活動期に集積

・移植心;拒絶反応の重症度を反映

 本邦では、これらの心筋製剤を自由に使うことができる。しかしながら、無秩序に適用がなされていくと保険制度などの上で患者さんにとっても我々にとっても憂慮すべき事態が訪れる懸念がある。そうした事態を防ぐためには早急なガイドライン整備を行う必要があり、多くの学会等で検討がなされているが、具体的な形となったものはなかった。そうした状況の中で、日本アイソトープ協会医学・薬学部会核医学イメージング規格化小委員会から「日常診療における心臓核医学検査の選択に関する試案」が1996年3月に公表された。国外においても、様々なガイドラインが検討されており、

A臨床的評価が確立されているもの

B臨床的有用性は確認されているが、検討段階のもの

C新しい方法あるいは研究段階で今後検討が必要なもの

レベル1査読ある雑誌に掲載され、複数の人に再確認されている-絶対適応-

レベル2学会の抄録あるいは研究会での発表段階ー相対適応

レベル3まだ仮説段階、無意味と考えられる。

Class1most important

    :

     :

Class4not indicated

Class5in research phase

といったランキングがなされている。しかしながら、本邦においては健保適用等の問題からランキングだけでは不十分と考えられ、ほぼ確立された用法を中心として試案をまとめた。このさい、疾患別だけでなく疾患の状態による分類を行なってそれぞれの項目に適した心筋製剤をかかげ、その根拠を示すことにした。

・虚血性心疾患

1.心筋虚血の検出、重症度の評価

1)acute colonary syndrome

  緊急検査,亜急性検査

2)労作性狭心症

  負荷検査,安静時検査

3)冠攣縮性狭心症

4)無症候性心筋虚血

5)梗塞後狭心症

6)陳旧性心筋梗塞

7)川崎病

8)胸痛症候群

2.予後推定

3.心筋viabilityの評価

4.Stunned/Hibernating myocardiumの評価

5.急性期再潅流療法による心筋salvageの評価

6.冠血行再建術の適応決定、効果判定

7.心機能の評価

・拡張型心筋症

1.心不全の重症度評価、予後推定

2.早期診断

3.心筋障害の検出

4.心機能の評価

5.治療効果の判定

・肥大型心筋症

1.心筋肥厚部位の病態評価

2.早期診断

3.心機能の評価、壁運動の評価

4.重症度評価、予後の推定

5.治療効果の判定

・特定心筋疾患

アドリアマイシン心筋障害、心サルコイドーシス、心アミロイドーシス等

1.早期診断、重症度の評価治療効果の判定

2.心筋障害の評価

3.心機能の評価、壁運動の評価

・心筋炎

・心不全

1.重症度評価、予後の推定

2.心機能の評価、壁運動の評価

3.心筋血流の評価

・糖尿病

1.自律神経障害の重症度の評価

2.心筋障害の検出

3.心機能の評価、壁運動の評価

・不整脈

1.心室性頻拍症

2.不整脈源性右室異形成

・移植心

1.再神経支配の評価

2.拒絶反応の早期発見

3.心筋血流の評価

・高血圧性心疾患

・弁膜疾患

・先天性心疾患

・起立性低血圧

さらに、これらの項目ごとに適切な製剤の選択、組合せを検討してガイドラインとした。


症例

緊急検査症例

MIBIを用いた検査上からpre-PTCA,onset3days,3monthのイメージ

 比較することにより、血行再建術によるsalvage領域がわかる。同時にFPをとり、壁運動や駆出率も評価できる。

AMI onset3W RCA,LAD閉塞例

左上)タリウム安静時早期像         右上)MIBG

左下)タリウム安静時後期像         右下)BMIPP

 タリウムにおける血流欠損領域に比してMIBGの欠損領域は大きく、梗塞部位よりも広範囲にわたって交感神経が障害されていることがわかる。BMIPPでは血流低下領域とほぼ一致している。

冠攣縮性狭心症症例 45yo. female LAD攣縮onset 2week

s

左)ECGにてT波の逆転を観察   中上)血流 2week       右上)MIBG 2week

中下)血流 4month  右下)MIBG 4month  右端)同症例のFPで得られた壁運動と駆出率

 MIBGの2week像では強い交感神経障害が観察される。FPにおいて壁運動、駆出率(2w:54% 4m:71%)ともに改善しており、stanned myocardiumのような病態評価に有効であった症例である。

左上)タリウム運動負荷直後  中上)再静注   右)BMIPP

左下)負荷4時間後   中下)CABG後タリウム

 負荷後早期像では下壁に強い欠損が認められ、遅延像では再分布が認められるもののviabilityは弱いという評価がされる症例であるが、再静注後の分布では更に良好な血流分布が観察され、viabilityは十分にあると診断された。

 CABGを実施した後のイメージと再静注イメージは似た分布を示している。BMIPPイメージは早期像と遅延像との中間的な分布になっている。

 心筋viabilityの評価は、手術適応の決定等で非常に重要である。運動負荷タリウム早期,遅延像を得るだけでは情報が不十分な場合があり、再静注法や安静時2回撮像法などの組合せで検査を行う。これによって、FDGを用いたPETに匹敵する診断精度を持つようになったとも言われている。

左)タリウム安静時早期像   中)同遅延像   右)CABGによる血流改善後

 安静時タリウム2回静注法は、viability評価に有効である。AMIによるCABG実施症例において、セグメントごとにタリウムの集積状態と左室壁運動状態とで比較評価した結果、非常に良い相関が得られた。術後の壁運動の予測にも利用可能であると考えられる。

(ここまでの文責:平瀬 清)

注)本文中の図表は村田先生の御講演内容をVTR記録したものから引用しています。


          

         

左上)タリウム安静時早期像 右)タリウム安静時遅延像

左下)tetrofosmin安静時像             

                   左) 術前   右) 術後

 タリウム安静時像ではviabilityが無い判定だがtetrofosmin安静時像ではviability有りと判定できる、また、サーカムファレンシャルカーブにおいても同様の判定が出来る。本症例は、術後の結果としてviabilty 有りの判定が正しかった。

 数年前は、Tc製剤による心筋viability評価はTl製剤に劣ると言われていたが近年では、ほぼ同等のviabilty評価が可能であると言う論文が発表されている。上記の症例に於いて、Tlのviabilty評価が劣った原因はいろいろ考えられるが、最も考えられる原因として、虚血部位が下壁中隔領域の深い部分のためTlのエネルギーが影響したのではないかと考えられる。

CABG前    タリウム像    CABG後

上) 負荷直後像/下) 負荷後4Hr像

  

 冠動脈バイパス術(CABG)前後にBMIPP心筋SPECTを施行し、術後の心筋血流改善および左心室局所壁運動改善の評価における有用性について検討した。また、BMIPP集積がCABG後1ヶ月と比べて1年後に改善するかどうかを検討した。BMIPPの集積は、血行再建術前後で心筋壁運動の状態を良く反映する。

肥大型心筋症

中隔肥厚型 12例、心尖部肥厚型 7例で合計19例による検討

心尖部肥厚型

左上)C-11の酢酸画像 右上)FDGのグルコース代謝画像

左下)酸素代謝の画像 右下)BMIPPの脂肪酸代謝画像

 C-11の酢酸を利用した血流画像ではほぼ正常であるが、酸素代謝の画像,FDGのグルコース代謝画像,BMIPPの脂肪酸代謝画像いずれも肥大した心尖部で取込の低下が見られる、

 心尖部肥厚型心筋症に於いては、グルコース代謝,脂肪酸代謝いずれも全例に低下が見られる。ところが中隔部肥厚型心筋症に於いては、グルコース代謝が全体としては落ちているものの、一部そうでない症例がある。脂肪酸代謝に於いては一定していない。

 肥大部と正常部の比で表すと、中隔部肥厚型,心尖部肥厚型どちらも血流についてはあまり変化がない。酸素代謝に於いてはいずれも低下している。グルコース代謝に於いてはどちらも低下しているものの、心尖部肥厚型がより低くなっている。脂肪酸代謝に於いては、中隔部肥厚型では変化なく、心尖部肥厚型でのみ低下が見られる。また、BMIPPのClearance rateでも、心尖部肥厚型が中隔部肥厚型に比べて有意に高くなっている。

 これらのことから、同じ肥大型心筋症でも中隔部肥厚型と心尖部肥厚型では病態が違うと言うことが示唆される。

糖尿病症例

左上)タリウム負荷像 右上)MIBG負荷像

左下)同遅延像   右下)同遅延像

 タリウムによる血流画像は正常集積を示しているがMIBGの取込は、後下壁を中心に明らかな低下を示しており、交感神経の障害が示唆される。

心臓移植症例

左)移植直後 右)移植2年後

 移植直後のMIBG画像は明らかな低下を示しており交感神経の強い障害が示唆される。移植2年後の画像では、取込が回復してきており、交感神経の回復が示唆される。

たとえば、虚血で障害された心筋組織には正常細胞,気絶細胞,虚血細胞や壊死細胞など、様々な状態が有る。この様々な状態・領域をより正確に判定,評価するために、血流,壊死,代謝ならびに交感神経など、をみるためのより適切な心筋製剤の選択が必要と考える。

(ここまでの文責:梅沢 千章)

注)本文中の図表は村田先生の御講演内容をVTR記録したものから引用しています。