工学講座

④ペースメーカ専用電池の登場


Fig. 1
水銀電池を使用した初期のペースメーカ


Fig. 2
原子力電池(右)を使用したペースメーカ
(提供:Medtronic, Inc.)



Fig. 3
Catalyst Research 社のヨウ素リチウム電池


Fig. 4
Greatbatch が開発したヨウ素リチウム電池(左)
とそれを採用したCPI社のペースメーカ


Fig. 5
ヨウ素リチウム電池の構造

初期のペースメーカに使われていた電池は、水銀電池というものでした(Fig. 1)。当時の電池の中では、もっとも信頼性の高いものでした。この電池は、室温(20℃)では、自己放電が 7%/年 程度で、5年間の使用を前提とすると、容量の 65%が使えるはずでした。しかし、実際のペースメーカでは、2~3年で消耗してしまったのです。この理由は次のようなものです。化学反応では、温度が10℃上昇するごとに、反応速度が2倍になります。このため、電池の自己放電も、体温(37℃)下では、室温時の約3倍に増加し、結局、体温下での水銀電池の自己放電は20%/年となり、5年の寿命を目指しても、実際の寿命はその半分程度になってしまったのです。

その後、ペースメーカの寿命の改善のために、いろいろな試みがなされました。水銀電池の改良、充電式電池1や原子力電池2(Fig. 2)の採用などです。しかし、水銀電池の改良では十分な成果が得られず、充電式電池では頻繁な充電が煩わしく、また原子力電池では、漏洩放射線の問題や放射性物質に関する様々な法規制を受けることなどのため、問題の解決には至りませんでした。

そこに登場したのが、ヨウ素リチウム(Li-I2)電池でした。リチウムは電池の活物質として理想的とされながら、電池に不可欠な電解液の水と爆発的に反応するため、実用化が遅れていました。しかし、この電池は水を全く含まない、固体電解質を使用したものでした。

Li-I2電池は、1968年に米国メイランド州バルチモア市の Catalyst Research 社(1992年10月廃業)によって発明されたものです3(Fig. 3)。ペースメーカの生みの親といえる Wilson Greatbatch は、この電池をペースメーカ用に使えるのではと考え、共同開発を始め、1971年から、完成した電池を各メーカーに紹介し始めました。その結果、この電池に魅力を感じたエンジニア達が大手メーカーをスピンアウトして、米国ミネソタ州セントポール市に Cardiac Pacemakers Inc.(CPI、現在の Boston Scientific 社)という会社を設立し、1974年7月に Fig. 4 に示した、Li-I2電池を使ったペースメーカを完成させたのです4

Li-I2電池の構造は Fig. 5 に示すようなものです。金属の集電網の両側から、負極の活物質であるリチウムを圧着し、その周辺に72時間の間、150℃に加熱して溶かした、ヨウ素とポリ-2-ビニルピリジンの混合材を流し込み、冷えて固体化したものが正極になるという、単純な構造です。溶けたヨウ素がリチウムに触れると、両者の間に結晶化したヨウ化リチウム(LiI)の半導体層が生じ、これが電解質として機能します。このヨウ化リチウムは、電池の放電で発生され、放電につれて厚さを増していきます。このために電池の内部抵抗が、Fig. 6 に示すように、放電とともに増加します。

Li-I2電池の内部抵抗は、未使用状態で約100Ωで、使用し始めると徐々に増加し、寿命末期には 10kΩ を超えます。このため、取り出せる電流はせいぜい 0.1mA 程度であり、電池としては非力なものといえます。Greatbatch は消費電流が 数十µA 程度のペースメーカには十分に使えると判断したのです。この電池は、単体で 2.8V の電圧が得られ、自己放電も体温下で 0.2%/年 と極端に小さく、何よりも臨床経験が積まれるにつれ、自己放電とトラブルの発生の少なさ(高信頼性)が確認され、最終的には、全てのメーカーの全てのペースメーカに採用されるまでに至りました。


Fig. 6
ヨウ素リチウム電池の放電特性

Li-I2電池の高信頼性は、電池の自己修復性で実現されています。一般に、電池で一番問題になるのは、放電で析出した金属が、電解液を含んだ多孔質セパレータの孔の中を成長し、正極と負極の間をショートすることです。これは電池の発熱や、場合によっては、爆発の原因になります。しかしLi-I2電池では、仮に電解質に穴が開き、正極と負極がショートしても、そこに流れる電流によって、ヨウ化リチウムが発生し、穴が塞がれることになります。これが自己修復性と呼ばれる性質で、これによって穴が開くような事態そのものが回避され、また構造が単純なことが相まって、高信頼性が確保されたのです。


  1. 豊島 健,他:ニッケル・カドミウム電池による充電式ペースメーカ.人工臓器(1973),2:209-213.
  2. Los Alamos National Laboratory: Nuclear-Powered Cardiac Pacemakers. http://osrp.lanl.gov/pacemakers.shtml (2018年1月5日現在)
  3. Moser JR: SOLID STATE LITHIUM-IODINE PRIMARY BATTERY. US Patent (1972), No. 3660163.
  4. Lilehei RC, et al.: A new solid-state, long-life, lithium powered pulse generator. Ann. Thorc. Surg. (1974), 18:479-489.
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