過剰=不足

1982年に私が医師免許をとってから今年で満20年になる.その私が医学部の5年生だったころ,いくつかの医学部の教授達とたまたま懇談する機会があった.その懇談の場で,ある教授から,これからは医者が余る時代だから,君たちしっかり勉強したまえとご教示いただいたので,医者なんかどんどん余ればいいんです.品質の悪い奴らがどんどん淘汰されるでしょうからと,申し上げたら,満座の喝采をいただいた記憶があるので,医師過剰が言われて20年以上たっているというわけだ.しかし,狼少年はまだ消えていない.一体全体,日本のどこで医者が余っているというのだろう.

2001年12月号のJAMICジャーナルに,医師不足or過剰についてのアンケート調査結果と考察が載っていた.それによると,医師が過剰か不足かは一概に決め付けられるものではなく,診療科,地域,同じ都道府県内でも都市と田舎,といった要素の一つでも違うと,ある面では過剰,ある面では不足という,当然といえば当然の結果だった.

しかし,最も肝心な論点が欠けていた.それは,医師免許保持者の質だ.実は,まともな医者は日本中どこでも足りない.ろくでもない医者には仕事を任せられないから,まともな医者に仕事が集中する.その結果,過重労働,燃え尽き,果ては医療過誤や戦線離脱が誘発されている.これは単なる憶測ではない.あなたの信頼する医者に聞いてみればすぐわかる.彼/彼女は必ずこの現実の真っ只中にいるはずだ.

早く辞めてもらいたいと誰もが思っている医師免許保持者や,役職名や管理職手当てに不似合いな働きしかしていない人々を見れば,”医師過剰”と感じる.そりゃそうだ.辞めてもらいたい人はどこも取ってくれないので居座るしかない.一方,まともな医者はどこでも引く手あまたなのでどんどん辞めていく.日本全国の医療現場が,ろくでもない医者の”過剰”と,まともな医者の”不足”,いやさ,”空洞化”は,表裏一体であることを如実に物語っている.医療事故云々という世間の目を意識して,施設が求める医師の水準はますます高くなっていることは,まともな医者不足に余計拍車をかけている.

命のやりとりの現場で,必死で働いたのに,医療費の無駄だとか,事故多発は医者がたるんでいるだとか叩かれた挙句,過労死したり,裁判で有罪になったりするだけなら,誰がそんな商売を続けようとするだろうか.医者が恵まれない環境を放置すれば,優秀な人材が臨床からどんどん流出する.その結果,医者の労働環境が悪化し,さらに人材流出が加速されるという悪循環が止められない. “お医者さんは休んではいけない”とのたもうた石原某が 始めた東京ERとやらのおかげで,この悪夢が都立病院で現実化してすでに久しい.かつて都立病院の部長といえば,医者の間でも垂涎の的だったのが,金や太鼓でも人が集まらず,今や大学の応援団並の人手不足である.つい先日も,私の親しい友人が,先輩に高級料亭に呼ばれて,何かと訝しく問いただしたら,君に都立○○病院の部長になってもらいたいと思って一席設けたと白状したので,それだけは勘弁してくださいとお断りしたという.それだけ都立病院の労働条件は悪化している.

問題は,医者の労働環境悪化がさらに医者不足に拍車をかけるという悪夢が医者だけにとどまらず,診療を受けるあなたにとっても間違いなく悪夢となることだ.

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