2008年10月から,熱帯病治療薬・予防薬の開発に関わることになったので,その勉強の過程を順不同で公開していきます.
日本の土着マラリア 重症熱帯熱マラリアの治療に対するアーテスネート リンク・話題
日本の土着マラリア
日本にも古くからマラリアが流行していたことは古文書から伺うことができ,オコリとかワラワヤミと称されていた.日本人のマラリアは三日熱でシナハマダラカおよびオオツルハマダラカよって媒介され,宮古・八重山諸島には,この他にコガタハマダラカによって媒介される四日熱と熱帯熱が流行し,甚大な被害を与えた.日本における土着マラリア患者の数は不明な点が多いが,20世紀のはじめ頃までは20万人ぐらい常在していたようである. しかしその後次第に減少し,1935年頃には年間2万人位になっていた.日本での主な流行地は富山,石川,福井,滋賀,愛知など本州中央部であった.(吉田幸雄著 図説 人体寄生虫学より 同書掲載の日本の土着マラリア・輸入マラリアの推移図)
重症熱帯熱マラリアの治療に対するアーテスネート
P.J. Rosenthal. Artesunate for the treatment of severe falciparum
malaria. N Engl J Med 2008;358:1829-36
疫学
全世界では1年間に100万人がマラリアで死亡する.熱帯圏では普遍的に存在するが,特に蔓延しているのは,サハラ以南のアフリカ諸国である.重症例のほとんどは熱帯熱マラリアである.(池田注:別の資料によれば,世界人口の約40%(約20億人以上)がマラリア流行地域に居住し、全世界のマラリアによる年間の感染者は3億ー5億人で、死者数は200万人とある)
現地在住者の中では幼小児と妊婦が重症化のリスクが高い一方,成人では,感染の反復により部分的にせよ免疫が成立するので重症化しにくい.一方,旅行者は免疫がないので,成人でも,熱帯熱マラリアに罹患すれば重症化の危険性がある.
合衆国では,年間1000−1600例の輸入マラリア症例があり,そのうち5-10%は重症例である.1985−2001年の間では,熱帯熱マラリアによる死亡率は1.3%だった.診断の遅れは死亡の危険性に直結する.
病態と治療選択肢
熱帯熱マラリアの潜伏期間は通常1−2週間.肝臓からmerozoiteが放出され,赤血球に感染し,感染赤血球は血管内皮細胞に接着することによって,脾臓での破壊を免れ,微小循環障害を起こす.
長年の間,キニンあるいはキニジンの静注が重症熱帯熱マラリアの第一選択だったが,前庭・聴神経障害,低血糖,心毒性・低血圧(特にキニジンの静注)の問題があった.キニジンの投与の際には心電図モニタリングを行い,QT延長に十分注意する必要がある.
アーテスネートを含むアーテミシニン誘導体の作用機序はよくわかっていないが,フリーラジカル産生や,原虫のカルシウムATPaseの阻害作用が考えられている.アーテスネートの特長は,迅速な作用発現と,赤血球内のあらゆる段階の原虫に有効という点である.しかし,半減期が短いこともあり,より半減期の長い治療薬との併用が必要である.
治療薬のエビデンス
予防投薬として,メフロキン,アトヴァコン・プログアニル合剤(商品名:マラロン),ドキシサイクリンなどが挙げられる.予防投薬は流行地に入る前ならびに流行地を離れてからも,潜伏期間を考慮し4週間ほどの服薬が必要である.
重症の熱帯熱マラリアに対しては,最近までキニン・キニジンの静注が第一選択だったが,前述の副作用と耐性(特に東南アジアでは耐性が高率)の問題がある.
アーテミシニンと他剤の併用療法は流行地域では第一選択となっているが,合衆国では一般的ではない.アーテミシニンおよびその類薬の座薬の吸収と有効性は静注製剤に引けを取らない(JAMA 2007;297:2381)上に,低血糖や心毒性といった重大な副作用があるキニン・キニジンよりも安全性面での問題が少ない.
アーテミシニンの類薬の中でも,アーテスネートは水溶性であり,薬物動態が安定している.
アーテスネート静注製剤
FDAは未承認なので,CDCからinvestigational new drug IND (治験薬)として提供されている.用法・用量は,CDC
INDプロトコールでは,2.4mg/kgを1日4回,3日間.WHOのプロトコールでは,2.4mg/kgを第一日目は1日2回,二日目,三日目は1日2回となっている.いずれも原則として3日間で投与を終了する.肝不全,腎不全があっても用量の調節は不要である.キニジンのように心電図モニタリングは必要ない.動物実験では中枢神経系への影響が懸念されているが,実際にはほとんど報告されていない.特に水溶性のアーテスネートの場合には,脂溶性の他剤よりも中枢神経系への影響が少ないと考えられている.
アーテスネート静注を3日間で終了後はより半減期の長い経口製剤(ドキシサイクリン,クリンダマイシン,アトヴァコン・プログアニル合剤,メフロキン)に切り替える.
耐性への懸念
アーテミシニンの類薬はだらだら使うことは少ないので,他剤よりも耐性出現のリスクは低いと考えられるが,特に流行地での単剤療法は耐性のリスクを増加させる.仏領ギアナやセネガルでは最近,armetherにin
vitroで感受性が低下している原虫が見出されている.またタイーカンボジア国境では,アーテミシニンをベースにした合剤の有効性が低下しているとの報告もある.しかし,アーテミシニンの類薬に対する本格的な耐性の出現はまだなので,耐性を懸念するあまりに,アーテスネート静注製剤の使用をためらってはならない.
この総説に対してのコメントから(NEJM 2008;359:313-5)
1.CDCから,アーテスネートの注射薬は,合衆国では平均7時間で届くようになっているので,重大な問題にはならないとの見解が出たが,著者からは,重症の熱帯熱マラリアは可及的速やかに治療を開始しなければならないので,まだ不十分だとのコメント.
2.インドからは,偽のアーテスネートについてのコメントあり.東南アジアでは,錠剤の38%が偽であること.ケニアやコンゴで出回っている偽のアーテスネイトの4割はインド産であること.インドでは市場に出回っているアーテスネートの13-30%が偽であり,重症化や死亡率の上昇,そして,見せ掛けの「アーテスネート耐性」の原因になっていることを指摘している.
マラリア参考文献
Malaria Prevention in Short-Term Travelers. NEJM 2008;359:603-612
Effectiveness of Antimalarial Drugs. NEJM 2005;352:1565-1577
小野 雅司 マラリア再考(再興) 環境との関わり、日本への影響
とても参考になります。これは、2006年に行われた国立環境研究所でのシンポジウムの講演の一つで、ビデオ配信も上記URLで見られますし、DVDも無料で頒布しています。偉い先生方の子守歌にしかならないようなお話のDVDを5000円で売るようなどこかの学会とは大違いですね。
マラリア迅速検査キットが米国で承認(日経メディカルオンライン 2007. 7. 10):感度は、Plasmodium falciparumについては100%、4種のマラリア全体では93.4%、特異性は、Plasmodium falciparumが96%だという。ただし、陽性と判定された場合も、診断には、顕微鏡観察による確認が必要だ。