以前,医療安全センター構想を出したが,その医療事故審判の機能を,もっと具体的にして,実現可能性を高めた構想だ.
医療事故審査センターとは,学会が推薦し,裁判所が委嘱した複数の医師が,医療事故が疑われる事案を,証拠保全診療録に基づいて吟味し,報告書を作成,公開することによって,中立的な立場からの医療事故原因の究明を行う機関です.
私は,治験データによる新薬審査と,証拠保全診療録による医療過誤案件の吟味がよく似ていることに気づきました.リスク・ベネフィットの判断=事故原因におけるhuman errorと無過失の比率の判断がよく似ているのです.このような,医薬品審査と医療事故審査の類似性に着眼して,この構想を考えました.したがって医療事故審査センターの特徴も,米国のFDAに相当する医薬品医療機器総合機構PMDA(旧医薬品医療機器審査センターPMDEC)に似せています.この構想の根底には,事故原因究明と補償問題の分離があります.現在,これらの全く異質な過程がくっついているので,ADRの話がなかなか進みません.そこを分離して,少なくとも事故原因究明のプロセスは先に進めようというわけです.この分離は薬の審査において,PMDAが担う純粋な科学審査と,厚労省保険局医療課が受け持つ保険適応・薬価算定が完全に分離していることに対応しています.
医療事故審査センターでの審査には,次のような特徴があります.
1.報告書の公開(説明責任):個人情報を特定できない形にして公開されます.
報告者:審査チームとして報告書を作成し,審査センター長名で裁判所に提出されますから,報告書を実際に執筆した医者の名前は表に出ません.これも現在の薬の審査と同じです.
2.守秘義務:審査員にはもちろん守秘義務があります.
3.中立性:各学会が推薦した審査員に対し裁判所が審査を委嘱する形をとります.人数,専従・非常勤については,どのくらいの件数,仕事量になるのか,センターを作る前にきちんとシミュレーションして決めます.
構想実現の可能性
1.設立母体と金:このご時世で新たに中央官庁(厚労省?)の部局として新設が難しいのなら,PMDAのように独立行政法人とする.その場合の運営資金の出所は損害保険会社に求める.損保会社としても,医療事故審査センターの活動によって,現場のリスクマネジメント機能の改善が得られるだけに,出資に応じる意義がある.
2.学会側の趨勢:すでに,「医療死」検証に中立機関を設けようと医療関連の19学会が共同声明を出すなど,医療事故検証のための専門機関を設けようという動きが明らかになっている.
3.審査員の確保:各学会が推薦する.専従にするかどうかは仕事の量による.診療録を証拠保全した案件に限るから,件数はそれほど膨大なものにはならない.(証拠保全には数十万単位のお金がかかるから,そこまで行き着く例は多くない)
医療事故審査センターによって期待される成果
1.従来の鑑定人制度に比べてどこが優れているのか?東京地裁がすでに行っている外部審査員(臨床医による審査)制度とどこが違うのか?:裁判になる手前の,診療録を証拠保全した段階で臨床医の審査が入る→無駄な裁判や,臨床実態をわきまえないとんでもない判例の防止.
2.意見書の透明性,説明責任,質の向上:意見書が公開されるため,透明性と説明責任が担保され,意見書の質も向上する.現在の鑑定書は原則非公開であり,誰も自由に読むことが出来ない.このため,質の悪い意見書が横行している.
3.審査員の数と質の確保:学会の推薦を学会の社会的貢献と,審査員自身の業績と位置付けることにより,審査員の質と数の確保を図る.証拠保全診療録の意見書書きなんて,時間がない.業績にならないといった不満の解消をはかる.
4.チーム審査:チーム審査として,意見書はセンター長名で公開するので,個々の審査員のを名前は表に出ない.したがって,この匿名性も審査員の確保に役立つ.