肺炎球菌ワクチン(商品名ニューモバックス)の必要性

要約
1.多くの教科書では免疫機能が低下した患者や高齢者に肺炎球菌ワクチン接種が奨励されている.
2.しかし,先進国の多くで接種率は必ずしも高くない (1, 2).
3.これはその効果を確立する大規模なRCTがまだ行われていないことも一因と考えられる.脾臓摘出などのある特定の患者群に限ると,数が少ないためRCTそのものが不可能であろう.
4.一方,合衆国ではインフルエンザワクチンと同様,肺炎球菌ワクチンも高齢者に積極的接種する動きが活発である (3).
5.摘脾が予定される患者では摘脾前にワクチンの接種を行うことが望ましい.
6.外科医の間では,摘脾患者に対する肺炎球菌ワクチンの必要性はほとんど認識されていない.

文献

1. Editorial. An undervalued vaccine for adults. Lancet 1999;354:2011.
2. Anonymous. Missed opportunities for pneumococcal and influenza vaccination of Medicare pneumonia inpatients--12 western states, 1995. MMWR 1997;46:919-23.
3. Anonymous. Prevention of pneumococcal disease: recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP). MMWR 1997;46:1-24.

摘脾患者と肺炎球菌ワクチンについて

(英文は内科の代表的な教科書であるThe Merck Manualの記載です.)

脾臓は,肺炎球菌や髄膜炎菌などの莢膜を持った細菌に対して特に有効な次のような二つの防御機能を持っています.

1.脾臓の類洞では非常に効率的な食菌作用を持つ一群の細胞がいて,重要な細菌濾過装置となっている.

2.脾臓はIgM型オプソニン抗体を産生する.

したがって摘脾の患者は,特に,肺炎球菌・髄膜炎菌・インフルエンザ菌 (Haemophilus influenzae) 感染症に弱くなります.

The spleen is a major phagocytic organ of the reticuloendothelial (mononuclear-phagocyte) system that traps circulatingorganisms. The spleen also serves as a major site of antibody synthesis. Asplenic patients, particularly younginfants, are susceptible to rapid overwhelming bacterial infection with Haemophilus influenzae, Escherichia coli,pneumococci, and streptococci, and, to a lesser extent, to other infections. (147章)

ですから,あらかじめ摘脾が予想される患者では,摘脾前にワクチンを注射して,肺炎球菌に対する特異的な免疫能を高めておく必要があるのです.

They should also receive pneumococcal, meningococcal, and Haemophilus vaccines. With suchtherapy, the prognosis is good.(147章)

The patients most susceptible to serious and invasive pneumococcal infections are those with lymphoma, Hodgkin's disease, multiple myeloma, splenectomy....(157章)

The vaccine prevents severe pneumonia and bacteremia in most patients with sickle cell anemia and in splenectomized patients > 2 yr who received the vaccine before splenectomy.(157章)

合衆国のAdvisory Committee on Immunization Practices(ACIP)によると,無脾症は,接種対象として効果が強く期待されています(下記文献).有効性は56〜81%であるとされています.

Prevention of Pneumococcal Disease : Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP). MMWR 46 : 1─24, 1997.

(俺は敗血症を起こした摘脾患者なんて経験がないという外科医の方へ)

摘脾した患者で,肺炎球菌感染症や髄膜炎菌感染症がのリスクがたとえ2-3倍高くなるとしても,絶対数は少ないわけですから,外科医が直接経験する可能性は少ないと思います.また,術後すぐにこれらの菌に対する免疫能が落ちるわけではなく,だんだんと低下していくのであって,術後5年以上して起こすことがざらですから,もし,敗血症を起こしたとしても外科医の手を放れてしまっていることも十分考えられます.私の経験した例もそうでした.とにかく,原因不明の劇症の敗血症として担ぎ込まれてきて,その時受け持った医者が摘脾と症状を結びつけなければ,原因不明の敗血症で終わってしまうのです.

ちなみに,日本には髄膜炎菌のワクチンはありません.合衆国では肺炎球菌,インフルエンザ菌のワクチンとともに,摘脾前の患者さんに投与されています.

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