告白いたします．今は亡き人頭税，私はびた一文も払っておりませぬ．グラスゴー市当局はこの発言を見て，私を追いかけてきますでしょうか．
私がグラスゴーにおりました時，地方税は人頭税でした．正式には（というより，サッチャー氏だけが使っていた名称としては）COMMUNITY CHARGEといいました．それ以前の地方税はRATESという，固定資産を基準にして課税されるシステムで，多くの場合，借家人は払わなくてもよかったそうです．ところが人頭税は，資産や所得額に関係なく，金持ちも貧乏人も一定の額を払う地方税でした．
サッチャー氏がおっしゃるには，ごみ収集や警察など，地方自治体のサービスは，金持ちも貧乏人も差別なく享受するゆえ，そのための経費も所得額に関係なく支払うべきだとのことでした．いかにも彼女らしく，まことに明快な説明で，手狭なフラットに押し込まれている貧乏人の子沢山の世帯と，邸宅に１人で住んでいる大金持ちでは，前者の方が自治体財政への貢献度がはるかに大きくなった訳であります．上記の主旨から，当然借家人も人頭税を払わなくてはならなくなりました．
イングランドでさえ，人頭税には猛烈な反対がありましたから，より貧乏人が多く，かつ反保守党感情の強いスコットランドでは不払い運動の嵐が巻き起こりました．グラスゴーでも不払いは人口の３分の１だとか，いや半分にも上るだとかのお話でした．
私が人頭税を払わなかったのは，何も反保守党感情が強かった訳ではありません．ただ，払わないで済むものだったら，払いたくないという，誠に純朴な人間らしい気持ちからでした．
私はフラットの暖房とか風呂とかに対する不満のため，２年間で３つのフラットを渡り歩き，一年と同じ住所にいなかったため，市当局は私の所在を掴めなかったようです．税務署や外国人登録からたどれば，わかったはずなのですが，あまりにも不払いが多くて，２年しか滞在しない日本人のところまでは追求の手を伸ばせなかったのでしょう．
滞在期間限定の外国人研究者は，所得税免除を免除される規定がありました．ですから私は所得税を免除してもらうため，税務署への登録はきちんとしてあったし，外国人登録もしてありました．日本と同じようにグラスゴーでも所得税は国税当局，地方税は地方自治体の管轄でした．日本の場合には，地方税は所得額をもとにして算定されますから税務署と自治体の連携があるわけですが，悲しいかな（私にとってはうれしかったのですが）人頭税の仕組みは所得と全く切り放されていたために，税務署の登録から私のことを把握するなんてことは考えられなかったのでしょう．
住民登録に相当するのは，外国人の場合には警察への外国人登録になりますが，これはあくまで警察のデータになりますから，地方自治体は，そこまで手を伸ばして私のことを追求する余裕もなかったと思われます．とにかく未納者からの徴税のための仕事でまた金がかかり，自治体財政は更に悪化するという悪循環（知り合いのスコットランド人は”キャッチ22”状態と呼んでいました．この言葉は20数年前のアメリカ映画に由来します）に陥っているとのことでした．イギリスのお役所の非能率ぶりでは，無理もないことだと思いました．
日本人の知り合いの中には，大家が強制的に人頭税登録をしてしまって，払わなければならなかったという運の悪い人もいました．何でも，店子が人頭税を払っていないと大家が代わって支払わねばならないので，大家がそのような強硬手段に出るとのことでしたが，私の場合，大家から何の要請もありませんでした．一方で，知り合いの日本人で，４年間もグラスゴーに住んでいながら支払いを逃げまくって，一方児童手当はしっかりもらっていたという剛の者もおりました．