パーキンソン病治療の総説

Olivier Rascol, Christopher Goetz, William Koller, Werner Poewe, Cristina Sampaio. Treatment interventions for Parkinson's disease: an evidence based assessment. Lancet 2002; 359: 1589-98.

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パーキンソン病は神経疾患の中でも病態生理が最もよく研究されているので,いろいろな治療法が開発されている.それだけに,各々の治療法や併用のエビデンスが非常にわかりにくくなっている.また,重症度,職業,日常生活,介護の人員など,様々な要素が個人個人の治療の選択に大きく影響してくるので,十把一絡げのガイドラインが通用しない場面も多い.その点,ランセットに掲載された総説#5は,現時点でのエビデンスを手際よくまとめているので,大いに参考になる.その要点を紹介しよう.

Tocopherol, seregiline, bromocriptineといった薬について,実験室レベルでの神経保護作用を根拠として,これまで治験が行なわれてきたが,いずれもパーキンソン病の進行を阻止しなかった.一方,そのラジカル産生作用から,レボドパそのものに理論上,神経細胞毒性が示唆されているが,レボドパがパーキンソン病の進行を早めるという臨床のエビデンスもない.したがって,現時点では,未治療のパーキンソン病に対して,レボドパの開始を遅らせる根拠はない.

対症療法については,初期のパーキンソン病に対する薬物治療では,通常のレボドパ,ドパ脱炭酸酵素阻害剤との合剤は同等の効果がある.一部のドパミンアゴニストの効果も証明されている.ただし,ドパミンアゴニスト単剤の治療がレボドパより優れているというエビデンスはない.また,レボドパ単剤とレボドパとドパミンアゴニストの併用療法を比較して,併用療法の法が優れているというはっきりしたエビデンスはない#3.

一方,初期のパーキンソン病に対する,抗コリン薬やアマンタジン単剤による治療効果のエビデンスは,レボドパより少ない.すでにレボドパを服用している,ある程度進行したパーキンソン病に対する治療では,抗コリン薬やアマンタジン併用の効果のエビデンスはさらに少ない.

パーキンソン病の症状軽減を目的とした外科手術については,内科治療に対してのRCT (randomized controlled trial)が行なわれているのは,片側淡蒼球内側切除術とヒト胎児組織の移植のみである.このうち,ヒト胎児組織の移植については,いくつかのRCTの結果が一致しないので,今のところ,内科治療を上回る効果のが確立されているのは,進行期にあるパーキンソン病患者のoff period(レボドパの効果が著減する時間帯)の減少を目的とした片側淡蒼球内側切除術のみである.視床腹側中間核,あるいは視床下核の切除,ないしはこれらの核に対する埋め込み電極による慢性刺激 (deep brain stimulation)の治療効果に対する評価は,術前術後の比較評価,あるいは異なった手術間の評価しかなく,内科治療に対するRCTは行なわれていない.

パーキンソン病の治療を長期に続けていくほど,症状の変動 (motor fluctuations)やジスキネジアの出現に悩まされる.症状の変動に対するドパミンアゴニストの効果は確立している.また,前述のように内側淡蒼球切除術も有効である.埋め込み電極による視床下核の効果はon-off現象に対して著明な効果を示すと言われているが,内科治療に対するRCTはまだない.ジスキネジアを抑制することがRCTではっきりしている薬剤はアマンタジンのみである.淡蒼球や視床下核の切除・電極刺激術のジスキネジア抑制,特に手術側の対側における効果は明らかだが,内科治療に対するRCTは行なわれていない.

長期間にわたる治療の過程では,運動系以外の合併症状も現れる.痴呆については,びまん性レヴィー小体病との鑑別が問題となることもあり,パーキンソン病に合併する痴呆の治療は確立していない.抗コリンエステラーゼ薬がアセチルコリン系の賦活化を介して相対的にドパミン系の活動を低下させる可能性も問題となる.パーキンソン病の40%に抑うつ症状が出るのに,抗うつ薬の満足な検討がないのは驚くべきことである.私の個人的な見解だが,精神症状に対する神経内科医の問題意識が如何に欠けているかをよく物語っている.起立性低血圧,便秘,流涎といった自律神経症状も多くのパーキンソン病患者を悩ませるが,これらの切実な症状に対しても,満足なRCTがなされていない.エチレフリン,フロリネフ,ドプスといった,起立性低血圧に対する定番中の定番という薬でさえRCTがない.ましてや,便秘・神経因性膀胱に対する治療のRCTは皆無である.一方,レボドパを始めとする治療薬につきものの精神症状にはクロザピンがよいことがわかっている.使用量は精神分裂病に用いるよりもはるかに少なくて済むので,錐体外路症状も心配する必要はないという.

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