目次
妊娠中毒症に内因性NOS阻害物質が関与
Sickle-cell crisisの治療にNO
NOS2プロモーター多型とマラリア感染防御
肺高血圧症の治療にバイアグラ
ニトログリセリンの謎解決
多発性硬化症の寒冷療法とNO
ニトロソチオールが呼吸中枢を刺激する
NOによる非シナプス性神経伝達
ミトコンドリアのNOSとperoxynitrite formationとチトクロームCの放出
iNOS必ずしも神経毒ならず
あなたにも作れるレイノーの特効薬
NOの助けを借りて酸素を奪うヘモグロビン
二匹目のドジョウ?
くも膜下出血後の脳血管攣縮の治療と予防にNO
筋ジストロフィーとNOSは関係ある?
SOD変異のトランスジェニックマウス(家族性ALSモデル)でiNOSが増加
NMDA受容体,PSD95とNOSの活性化
eNOSはAktの基質
NOはcaspase 3のnitrosylationによってアポトーシスを抑制する:
evidence in vivo
筋収縮性頭痛にもNOS inhibitorが有効
筋肉のnNOSの役割
NOはアポトーシスを起こす
人間の脳ではミクログリアでなくアストロサイトにiNOSが誘導される
NOはアポトーシスを抑制するその2
NOSは細胞死を抑制する
NO and SLE
NOS inhibitor for influenza?
脳虚血,低酸素の状態におけるNOの代謝: NO2, NO3は指標になるのか?
先天性肥厚性幽門狭窄症の家系はは神経型NOSとリンクしていない
NOSとは関係のないアルギニンからシトルリンへの変換(2)
筋ジストロフィーとNOSは関係ない
p53はiNOSに対してnegative feedbackをかける
PARSの炎症,脳虚血への関与
NOSによる遺伝子治療
神経型NOSノックアウトマウスでの神経伝達物質の動態
マラリアを運ぶ蚊がマラリアで死なないのはNOがあるから
nNOSニューロンは神経変性疾患で必ずしも保たれるわけではない
MnSODがNO抵抗性の鍵
nNOSも脳血流に関与している
PARPのノックアウトは脳虚血に抵抗性
NADPH-diaphorase染色とNOS染色
iNOSの遺伝的多形性がマラリアの感受性と関連する
痛風は多発性硬化症にならない?
iNOSの選択的阻害薬はエンドトキシンショックの予後を改善する
NOが逆行性の神経伝達に関与するという証拠
NOSはNOを作る?作らない?
家族性ALSのSOD変異とNO
NOはくも膜下出血後の血管攣縮の特効薬となるのか?
黄色ブ菌のNOS
アルツハイマー病脳でiNOSが神経細胞に発現している
NOとAIDSにおける痴呆
nitrotyrosineは本当に酸化ストレスのマーカーか?
in vivo実験系でのアルギニン,シトルリンの変化とNOS活性
NOSとは関係のないアルギニンからシトルリンへの変換
海馬CA1錐体細胞にNOSはあるのか?
NOと海馬長期増強-ノックアウトマウス-
内因性の神経型NOSインヒビター
アルツハイマー病におけるNOの関与
パーキンソン病とNO
自然界に存在するiNOSインヒビター
神経型のNOSと筋ジストロフィー
一酸化窒素(NO)がマラリアの感染免疫に関与している可能性は以前から取りざたされてはいたのだが(下記参照),臨床研究ではなかなか実際に証拠が見つからなかった.今回の研究の結果,よりNO産生能力の強力な誘導型のNO合成酵素NOS2(iNOS)のプロモーター多型が,マラリア感染防御に関与するエビデンスが見つかった.
彼らは,タンザニアで健常小児47例とマラリアに罹患した小児138例のCase
Control study,ケニアでは1106例の小児でlongitudinal cohort研究を行った.いずれの研究でも,NOS2のgenomic
DNAの多型をsingle stranded coformational polymorphism (SSCP)法を使って解析したところ,プロモーターの-1173C→Tの多型が,マラリアの顕性化と,マラリアによる重症の貧血に対して抵抗性を示す有意なオッズ比が及び相対危険度が得られた.(タンザニアでのオッズ比が0.12,ケニアでの相対危険度が0.25)
また,この多型を持つ人では,実際にNOの産生が有意に高いというhuman dataも得られた.
ニトログリセリンの効果はもちろんNOの産生(放出)を介していると推測されてはいたが,そのNOが一体どういう経路で産生されるのかは長い間なぞだった.J
Stamlerらが,それを明らかにした.鍵になる酵素はmitochondrial aldehyde dehydrogenaseである.この酵素がニトログリセリンを亜硝酸にして,その亜硝酸が,ミトコンドリア内でNOになるというのだ.(普通,生体内では,NOが酸化されて亜硝酸になるのだが,胃袋の中のような強い酸性条件下や酸化還元redoxの状態によっては,亜硝酸が還元されてNOが生じることはわかっている).
また,ニトログリセリンの耐性についても,mitochondrial aldehyde dehydrogenaseがNOによって酸化されて活性を徐々に失うという負のフィードバックシステムの結果だという.
Neurology 2001; 57: 892-94
神経内科医ならば,多発性硬化症では,体を温める(例えば入浴)としばしば症状が悪化することを知っている.しかし,それがなぜかは知らない.また,逆に体を冷やすと症状はよくなるのかも知らない.
この論文の著者らは,この二つの疑問に対して回答を得ようとした.まず簡単な方から.逆に体を冷やすと症状はよくなるのか?そう,cooling vestなるものを着用すると症状がよくなることがわかった.
では,その原因は何か?それにNOが関与しているっていうんです.つまり多発性硬化症の患者の白血球のNO産生はもともと高い.このNO産生はcooling vestで体を冷やすと低下するっていうんですな.
まあ,この結果をもってNOが多発性硬化症の症状の消長に関与している証拠にはならないわけですが・・・
Nature 2001; 413: 171-74
SH基にNOがくっついたニトロソチオールは様々な生理活性を持っていることが示唆されているが,直接的な証拠に乏しかった.ラット延髄背側にある孤束核は,末梢の化学受容器を含む内臓器からのからの求心線維が集まる部位である.この孤束核に微量のニトロソチオールを注入したところ,反射性の呼吸亢進が起こったという.この呼吸の亢進はラットを低酸素状態に置いたときの反応によく似ており,また孤束核に脱酸素した血液を注入した時の反応にもよく似ていたという.
Janos P. Kiss and E. Sylvester Vizi. Nitric oxide: a novel link between synaptic and nonsynaptic transmission. Trends in Neuroscience 2001; 24: 211
NOはガスだから,一般の神経伝達物質と異なり,シナプス小胞,シナプス間隙や受容体といった構造物の制約を受けずに拡散する.そのNOが雲のように広がり,モノアミントランスポータを阻害する様子が図に描かれている.この作用には受容体は関係がない.このようなNOの作用を使って機能を拡張しているのがグルタミン酸作動性ニューロンである.NMDA受容体刺激により活性化されたnNOSがNOを産生する.そのNOを媒介として前記のようなモノアミン性ニューロンの活動を調節しているというわけだ.このようなNOの役割を考えると,広く樹状突起を張り巡らせたNADPH-diaphoraseニューロンの形態の意義も直観的に理解できようというものだ.
Ghafourifar P. Mitochondrial nitric-oxide synthase stimulation causes cytochrome c release from isolated mitochondria - Evidence for intramitochondrial peroxynitrite formation J. Biol. Chem. 274(44):31185-31188, 1999 Oct 29.
ミトコンドリアにカルシウムが入るとミトコンドリアのNOSが活性化され,peroxynitriteができて,チトクロームcが放出される.チトクロームcが放出されるとcaspasesが活性化されてアポトーシスが起こる.
しかし一方でNOはミトコンドリアでチトクロームcの放出を抑制することによってアポトーシスを抑制することが知られている.一体どちらが本当なのだろうか?
iNOSのノックアウトを使って,肝細胞ではNOがcaspase3を抑制することによってアポトーシスを抑制し,細胞保護作用を示すという報告を下記に紹介したが,神経でも同様にiNOSは神経保護的に働くっていうんですね.iNOS阻害薬とノックアウトの両方で実験したかなりしっかりした論文です.iNOSが大量のNOを賛成するから神経毒だろうと単純に考えるはもうやめるべきではないかと思います.
GO TOP
あなたにも作れるレイノーの特効薬
レシピは簡単.ビタミンCと亜硝酸ナトリウムを基材(普通のゼリー)に混ぜるだけ.この基材の中で亜硝酸が還元され,NOが発生し(nitric oxide synthaseとは無関係),血管が拡張するという,がまの油顔負けの夢のような話.しかも効果は抜群で血流が3倍から10倍に増えるという.(ええと,この外用薬,シルデナフィルの内服に取って代わりませんかね??)
A T Tucker, R M Pearson, E D Cooke, N Benjamin. Effect of nitric-oxide-generating system on microcirculatory blood flow in skin of patients with severe Raynaud's syndrome: a randomised trial. Lancet 1999; 354: 1670-75
GO TOP
NOの助けを借りて酸素を奪うヘモグロビン
DENA M. MINNING and others. Ascaris haemoglobin is a nitric oxide-activated 'deoxygenase' Nature 401, 497 - 502 (1999)
酸素は生物の種類や生体の状態によっては毒になる.世界中で最も一般的な寄生虫である回虫Ascaris lumbricoidesにとっても毒らしい.回虫の周腸液には、ヒトのヘモグロビンの2万5000倍近い強さで酸素と結合する八量体ヘモグロビン(ヒトのヘモグロビンは四量体)がある.この酸素好きのヘモグロビンはNOと反応して酸素を酵素的に消費し、周腸液を低酸素状態に保つことがわかった。
GO TOP
二匹目のドジョウ?
二匹目のドジョウ?冠状動脈のEDHFを合成するシトクロムp450 2C
BEATE FISSLTHALER and others. Cytochrome P450 2C is an EDHF synthase in coronary arteries. Nature 401, 493 - 497 (1999)
重要な内皮依存性血管拡張因子である一酸化窒素合成酵素とシクロオキシゲナーゼを阻害しても、ほとんどの動脈は拡張能力を持っている。この拡張は、未同定の内皮由来過分極因子(EDHF)の働きによるものと考えられる。著者らは,ブタ冠状動脈内皮細胞においてシトクロムP450(CYP)2C8/34を誘導すると、EDHFを介した過分極と弛緩が促進されることを示した。また冠状動脈にCYP 2C8/34アンチセンス・オリゴヌクレオチドを導入すると、CYP 2Cレベルが下がり、EDHFがかかわる血管応答が弱くなることも発見した。つまり、ブタ冠状動脈でのEDHFによる弛緩にはCYP 2C8/34が不可欠であり、CYP 2C8/34は冠状動脈のEDHF合成酵素の要件を満たしていることになる。NO合成酵素とCytochrome P450のホモロジーを考えても,この発見は面白い.この未同定のEDHFとは何なのか,冠状動脈以外でも,たとえば脳血管の拡張にどのような役割を果たしているのか,非常に興味深い.
GO TOP
くも膜下出血後の脳血管攣縮の治療と予防にNO
脳外科医にとってくも膜下出血の後の脳血管攣縮ぐらい嫌なものはないだろう.この脳血管攣縮にNOが関与している可能性は10年もから考えられてきた.発想は単純で,ヘモグロビンがNOのスカベンジャーだから出血すれば,NOがどんどん吸い取られてしまって血管が攣縮してしまうのではないかということだ.しかし,NOの放出薬を実際に患者に投与しようという試みはなかなか出てこなかった.(僕はグラスゴーにいた1991年から,脳外科医にやってみろよと言い続けていたのだが)ここに来てようやく使ってみようという気になったようだ.
Thomas JE. and othres. Safety of intrathecal sodium nitroprusside for the treatment and prevention of refractory cerebral vasospasm and ischemia in humans. Stroke. 30(7):1409-1416, 1999 Jul.
GO TOP
筋ジストロフィーとNOSは関係ある?
R. Mark Grady and others. Role for alpha-dystrobrevin in the pathogenesis
of dystrophin-dependent muscular dystrophies. Nature Cell Biol 1999;1:215-220
下記に述べたように,筋肉ではdystrophinとnNOSは構造的,機能的に深い関係にある.dystrophinはその他の蛋白と共にdystrophin-containing glycoprotein complex (DGC)の構成する.DGCは細胞膜の構造を保つ一方で細胞内への情報伝達を中継するという二つの機能を持っている.DGC成分の一つであるalpha-dystrobrevinをノックアウトすると骨格筋と心筋の病変がおきる.このノックアウトでは筋細胞膜の構造的性質障害されていないが,NOSが細胞膜からへ移動し,NOSの情報伝達が働かなくなり,NOが産生されなくなっていることがわかった.
Almer G. Vukosavic S. Romero N. Przedborski S. Inducible nitric oxide synthase up-regulation in a transgenic mouse model of familial amyotrophic lateral sclerosis. J. Neurochem. 72(6):2415-2425, 1999 Jun.
家族性の筋萎縮性側索硬化症で見出されるSODの変異のトランスジェニックマウスの脊髄では運動ニューロンが消失するばかりではなく,著明なグリアの増生が起きる.このグリアにiNOS蛋白もmRNAが発現しており,iNOS活性も増加している.iNOSは運動ニューロン消失に伴って増加するので,運動ニューロン消失の根本的な原因ではないだろうが,病変の進行因子になっているのではないかと著者らは考察している.
GO TOP
NMDA受容体,PSD95とNOSの活性化
Sattler R. and others. Specific coupling of NMDA receptor activation
to nitric oxide neurotoxicity by PSD-95 protein. Science. 284(5421):1845-1848,
1999 Jun 11.
大脳皮質神経細胞培養系でNMDA受容体の一部であるPSD-95 (postsynaptic density-95)の発現を抑制すると,NMDA受容体の電気生理学的性質を変わらずにNMDA受容体を会するnNOSの活性化が抑制される.ゆえにPSD-95はNMDA受容体によるnNOSの活性化のカップリングに重要な役割を果たしていると考えられる
GO TOP
eNOSはAktの基質
Fulton D. and others. Regulation of endothelium-derived nitric oxide
production by the protein kinase Akt Nature. 399(6736):597-601, 1999 eNOSはserine
1179の部位で.serine/threonine protein kinase Akt (protein kinase B)から直接りん酸化を受けて活性化される結果,NOの産生が増加する.
GO TOP
NOはcaspase 3のnitrosylationによってアポトーシスを抑制する:
evidence in vivo
iNOSがcaspase 3の不活化を行うというin vivoでの間接的な証拠の論文を下記に紹介したが,今度はより直接的な証拠,つまりNOそのものがcaspase
3をどのようにして不活化するのかを明らかにした論文が出た.NOはcaspase-3の163番目のシステインのS-nitrosationによってcaspase-3を不活化する.そのことをin
vitroばかりでなくin vivoでも電子スピン共鳴法により示した.
Rossig L. Fichtlscherer B. Breitschopf K. Haendeler J. Zeiher AM. Mulsch A. Dimmeler S. Nitric oxide inhibits caspase-3 by S-nitrosation in vivo. Journal of Biological Chemistry. 274(11):6823-6826, 1999 Mar 12.
GO TOP
筋収縮性頭痛にもNOS inhibitorが有効
とのことなのだが,血管性頭痛の要素をどれほど除外できているのかな?あるいは,下の論文にあるように,筋収縮性頭痛とは言っても,血管性の要素が大きいのかも知れない.
Ashina M. Lassen LH. Bendtsen L. Jensen R. Olesen J. Effect of inhibition of nitric oxide synthase on chronic tension-type headache: a randomised crossover traial. Lancet. 353(9149):287-289
GO TOP
筋肉のnNOSの役割
Thomas GD and others. Impaired metabolic modulation of alpha-adrenergic
vasoconstriction in dystrophin-deficient skeletal muscle. Proc Natl Acad
Sci USA 95(25):15090-15095, 1998 Dec 8
ヒトの筋肉は豊富なnNOSがあるが,どうも,交感神経を介した血管の収縮が,筋収縮にともなって緩和される時に,血管を拡張させる働きがあるらしい.面白いのは,骨格筋のnNOSはデュシェンヌ型の筋ジストロフィーで変異しているジストロフィンと密接な関係にあり,ジストロフィンの変異によってnNOSの発現も著減するということだ.著者らはデュシェンヌ型の筋ジストロフィーのモデルマウスであるmdr mouseとnNOSのノックアウトマウスの両方で,交感神経を介する筋血管の収縮が障害されていることを示した.
GO TOP
人間の脳ではミクログリアでなくアストロサイトにiNOSが誘導される
Zhao ML, Liu J, He DK, Dickson DW, Lee SC. Inducible nitric oxide synthase
expression is selectively induced in astrocytes isolated from adult human
brain. Brain Res 1998;813:402-405.
胎児脳からとった培養細胞で得られた結果.地味な研究だが,剖検脳を使って研究する人は記憶に留めておくべき文献だろう.
GO TOP
NOはアポトーシスを抑制するII
Kim YM. Kim TH. Seol DW. Talanian RV. Billiar TR. NITRIC OXIDE SUPPRESSION
OF APOPTOSIS OCCURS IN ASSOCIATION WITH AN INHIBITION OF BCL-2 CLEAVAGE
AND CYTOCHROME C RELEASE. Journal of Biological Chemistry. 273(47):31437-31441,
1998 Nov 20.
caspase 3の活性化はBCL-2のcleavage(開列?)とミトコンドリアからのチトクロームCの放出を促進し,これらの反応はさらに下流のcaspaseの活性化を起こす.NOはcaspase 3を阻害することが知られているので,BCL-2のcleavageとミトコンドリアからのチトクロームCの放出を阻害するかどうかを検討したところ予想通りの結果だった.
GO TOP
NOはアポトーシスを抑制する
タイトルを見て間違っているんじゃないだろうかと思った人も多いだろう.そう,一般にiNOSは細胞死に関与するという印象が強いが、iNOSのノックアウトでは肝細胞の再生が障害されるというデータが出た.iNOSがcaspase
3の不活化を行うというのだ.
肝細胞の再生の時,TNF-αやIL-6といったサイトカインが増加するが,これらのサイトカインの働きを阻害すると肝細胞のDNA合成が阻害されるばかりでなく肝細胞死が促進される.これはTNF-αやIL-6が誘導するiNOSが肝細胞死に関与しているからではないかと考えて,iNOSノックアウトマウスで肝部分切除後を行ったところ,肝細胞再生が強く障害されていることがわかった.更にiNOSノックアウトマウスの切除肝ではcaspase 3の活性が上昇していることもわかった.一方,TNF-α,IL-6, NF-kappa-betaの発現は変わっていなかった.
以上より,肝細胞再生に際してTNF-αやIL-6によって誘導されたiNOSは,caspase 3経由でアポトーシスを抑制し,肝細胞再生を促進する方向に働いていることが示された. この研究は,iNOSは大量のNO産生を起こすから細胞毒として働くというステレオタイプの考え方に強く警告を発している.一方,裏返して考えると,iNOSがアポトーシスを抑制するなら,すなわち癌化を促進するのではないかとも考えられる.
Rai RM and others. IMPAIRED LIVER REGENERATION IN INDUCIBLE NITRIC OXIDE SYNTHASE-DEFICIENT MICE. Proc Natl Acad Sci USA. 95(23):13829-13834, 1998.
GO TOP
NO and SLE
髄液中のNO代謝産物がSLEで増加し重症度と関係があったとの論文
Brundin L, Svenungsson E, Morcos E, et al. Central nervous system nitric oxide formation in cerebral systemic lupus erythematosus. Ann Neurol 1998;44:704-706.
iNOSのノックアウトは野生型に比べて
1.インフルエンザAウイルスを駆逐する能力が高い.
2.その能力はINTERFERON GAMMA依存性である.
3.インフルエンザAウイルス感染による肺炎も起こしにくい.
4.その肺炎はウイルス量とは関係なく,野生型でもNOS阻害剤を投与すると起こらない.
すなわち,iNOSはインフルエンザAウイルス感染において,INTERFERON GAMMA依存性のウイルス排除能力を抑制し,肺炎を起こす.これは非常に重要な知見で,インフルエンザAウイルス感染において,NOS阻害剤を治療薬として考慮すべきことを示唆している.
Karupiah G. Chen JH. Mahalingam S. Nathan CF. Macmicking JD. RAPID INTERFERON GAMMA-DEPENDENT CLEARANCE OF INFLUENZA A VIRUS AND PROTECTION FROM CONSOLIDATING PNEUMONITIS IN NITRIC OXIDE SYNTHASE 2-DEFICIENT MICE. Journal of Experimental Medicine. 188(8):1541-1546, 1998 Oct 19.
回答:NOが,NO2, NO3に代謝されるのは,酸化反応そのものです.酸化反応は酸素がたくさんないと進みません.低酸素状態にすると,NOが,NO2, NO3に代謝されにくくなるのは当然予想されます.NOが酸化されて最終代謝産物であるnitrite, nitrate (NO2, NO3)に変化する場所については正確なことはわかりません.しかしNO自由に拡散する上に大変反応性に富む分子ですから,NOがNO2になるのは非酵素反応で起こってしまうと推測します.つまり酸素のあるところなら,細胞内外どこでもいい.NO2がNO3になるのはもう少し複雑で,catalase-hydrogen peroxidase complexが関与するとの報告があります(1).ところがpHの低い,水素イオンがたくさんある状態では,逆にNO2が還元されてNOができる(2)なんてこともあります.実際,低酸素状態ではxanthine oxidaseがNO2を還元してNOを産生する(3)ことが報告されています.
さらに,そもそもNOの産生はNADPHを必要とするNOSの酵素反応ですから,ミトコンドリアの電子伝達系がきちんと機能してNADPHが十分に供給されないと,NO自体ができなくなる可能性もあります.
以上より,虚血,低酸素状態と,組織に酸素が十分ある状態とではNOからNO2,NO3への代謝が全く異なる要素がいくつも考えられるので,虚血,低酸素状態ではNO2,NO3の測定がNOの産生の指標にならないと考えられます.
1. Parks NJ, Krohn KJ, Mathis CA, Chasko JH, Geiger KR, Gregor ME, Peek NF. Nitrogen-13-labeled nitrite and nitrate: distribution and metabolism after intratracheal administration. Science 1981 Apr 3;212(4490):58-60
2. Benjamin N, Odriscoll F, Dougall H, et al. Stomach NO synthesis. Nature 1994;368:502.
3. Zhang Z. Naughton D. Winyard PG. Benjamin N. Blake DR. Symons MCR. GENERATION OF NITRIC OXIDE BY A NITRITE REDUCTASE ACTIVITY OF XANTHINE OXIDASE - A POTENTIAL PATHWAY FOR NITRIC OXIDE FORMATION IN THE ABSENCE OF NITRIC OXIDE SYNTHASE ACTIVITY. Biochem Biophys Res Commun 249(3):767-772, 1998.
Soderhall C. Nordenskjold A. NEURONAL NITRIC OXIDE SYNTHASE, NNOS, IS NOT LINKED TO INFANTILE HYPERTROPHIC PYLORIC STENOSIS IN THREE FAMILIES. Clinical Genetics. 53(5):421-422, 1998 May.
Giraldez RR. Zweier JL. AN IMPROVED ASSAY FOR MEASUREMENT OF NITRIC OXIDE SYNTHASE ACTIVITY IN BIOLOGICAL TISSUES. Analytical Biochemistry. 261(1):29-35, 1998 Jul 15.
Endres M. Laufs U. Huang ZH. Nakamura T. Huang P. Moskowitz MA. Liao JK. STROKE PROTECTION BY 3-HYDROXY-3-METHYLGLUTARYL (HMG)-COA REDUCTASE INHIBITORS MEDIATED BY ENDOTHELIAL NITRIC OXIDE SYNTHASE. Proc Natl Acad Sci USA. 95(15):8880-8885, 1998.
Szabo C. Dawson VL. ROLE OF POLY(ADP-RIBOSE) SYNTHETASE IN INFLAMMATION AND ISCHAEMIA-REPERFUSION [Review]. Trends in Pharmacological Sciences. 19(7):287-298, 1998 Jul.
Chen AFY. Obrien T. Katusic ZS. TRANSFER AND EXPRESSION OF RECOMBINANT NITRIC OXIDE SYNTHASE GENES IN THE CARDIOVASCULAR SYSTEM [Review]. Trends in Pharmacological Sciences. 19(7):276-286, 1998 Jul.
Kano T. Shimizusasamata M. Huang PL. Moskowitz MA. Lo EH. EFFECTS OF NITRIC OXIDE SYNTHASE GENE KNOCKOUT ON NEURO-TRANSMITTER RELEASE IN VIVO. Neuroscience. 86(3):695-699, 1998 Oct.
high-K脱分極によるグルタミン酸とGABAの放出では野生型とノックアウトに差はないが,NMDAによるグルタミン酸とGABAの放出はノックアウトで有意に低下していた.
Clarkら(1)はマラリア脳症にNOが関与しているとの仮説を立てたが,Luckhart(2)らは逆にNOが抗マラリア免疫に重要な役割を果たしていることを示した.
1. Clark I, Rockett K, Cowden W. Possible central role of nitric oxide in conditions clinically similar to cerebral malaria. Lancet 1992;340:894-6.
2. Luckhart S. Vodovotz Y. Cui LW. Rosenberg R. THE MOSQUITO ANOPHELES STEPHENSI LIMITS MALARIA PARASITE DEVELOPMENT WITH INDUCIBLE SYNTHESIS OF NITRIC OXIDE. Proc Natl Acad Sci USA 95(10):5700-5705, 1998 May 12.
Thorns V. Hansen L. Masliah E.NNOS EXPRESSING NEURONS IN THE ENTORHINAL CORTEX AND HIPPOCAMPUS ARE AFFECTED IN PATIENTS WITH ALZHEIMERS-DISEASE.Experimental Neurology. 150(1):14-20, 1998 Mar.
Poly(ADP-ribose)polymerase (PARP)はNADとATPを基質として,核内の蛋白にADP-riboseを100個もくっつける核内酵素である.PARPはDNAの断片によって活性化されるので,PARPの活性化によるNADとATPの枯渇が細胞死の原因でないかと言われている.この過程にはNOやperoxynitriteも関与していると言われている.
ではこのPARPをノックアウトすると細胞死が起こりにくくなるのか?Snyderらのグループによれば,答えはイエス.中大脳動脈梗塞モデルで,ノックアウトマウスでは野生型より梗塞が80%も減少した.脳血流その他のhemodynamic factorはノックアウトマウスと野生型では有意な差がなかったという.にわかには信じられないようなデータだが,脳虚血におけるPARPの重要性は他の論文でも示されている.
Himi T, Ishizaki Y, Murota S. A caspase inhibitor blocks ischemia- induced delayed neuronal death in the gerbil. Eur J Neurosci 1998;10:777-781.
GO TOP
NADPH-diaphorase染色とNOS染色
NADPH-diaphorase染色とNOS染色が必ずしも一致しないということはこれまで度々指摘してきた.NADPH-diaphorase染色の方が,より非特異的なので,NADPH-diaphorase染色陽性,NOS陰性という場合がしばしばある.
一方,Wangらは,下垂体前葉に,神経型のNOSで染まるのにNADPH-diaphorase染色陰性という細胞を見出した.これまでNOSならば必ずNADPH-diaphorase活性を持っているとされてきたのだが,Wangらの見出した所見は別の型のNOSの存在を示しているのかもしれない.
1.池田正行. 神経変性疾患とNO. Dementia 1994;8:175-183.
2.池田正行. 神経疾患へのNOの関与の証拠は?. 医学のあゆみ 1995;173:760-761.
3.Wang H. Christian HC. Morris JF. DISSOCIATION OF NITRIC OXIDE SYNTHASE
IMMUNOREACTIVITY AND NADPH-DIAPHORASE ENZYME ACTIVITY IN RAT PITUITARY.
Journal of Endocrinology. 154(3):R 7-R 11.
Kun J, Mordmuller B, Lell B, Lehman LG, Luckner D, Kremsner PG. Polymorphism in promoter region of inducible nitric oxide synthase gene and protection against malaria. Lancet 1998;351:265-266.
GO TOP
iNOSの選択的阻害薬はエンドトキシンショックの予後を改善する
iNOSノックアウトのマウスの感染実験も単純な結論を引き出せていません.現実に人の病気を治療するとき,iNOSノックアウト人間を治療するわけではありませんから,NOS阻害薬のin
vivoの実験はやはり大切ですので,神経系の話とは直接関係ないのですが,紹介します.
Liaudet L. Rosselet A. Schaller MD. Markert M. Perret C. Feihl F. NONSELECTIVE VERSUS SELECTIVE INHIBITION OF INDUCIBLE NITRIC OXIDE SYNTHASE IN EXPERIMENTAL ENDOTOXIC SHOCK. Journal of Infectious Diseases. 177(1):127-132, 1998 Jan
70 mg/kg intraperitoneal (ip) lipopolysaccharide (LPS)were treated 6 h after LPS with either N-G-gamma-L-arginine methyl ester (L-NAME, nonselective NOS inhibitor, 10-60 mg/kg), L-canavanine (selective inhibitor of inducible NOS, 50-300 mg/kg), or saline (0.2 mt) given ip, In a subset of mice, plasma concentrations of nitrate (NO breakdown product), lipase (pancreas injury), lactate dehydrogenase, and transaminases (liver injury) were measured 16 h after LPS, Although both inhibitors reduced plasma nitrate, they produced contrasting effects on survival and organ injury. L-NAME enhanced liver damage and tended to accelerate the time of death, while L-canavanine significantly reduced mortality and had no deleterious effects in terms of organ damage.
NOはガスゆえ,シナプス間隙を自由に拡散するから,シナプス後部からシナプス前部へ向かう逆行性の神経伝達物質となりうるのではないかと長い間推測されていたが,なかなか証拠がつかまらなかった.網膜の視細胞にはcGMPで開くチャネルがあるが,そこでNOが逆行性の伝達物質であると証明した論文である.
1. Schmidt HHHW, Hofmann H, Schindler U, Shutenko ZS, Cunningham DD, Feelisch M. No .NO from NO synthase. Proc Natl Acad Sci USA 1996;93:14492-7.
2. Xia Y. Zweier JL. DIRECT MEASUREMENT OF NITRIC OXIDE GENERATION FROM NITRIC OXIDE SYNTHASE. Proc Natl Acad Sci USA 94(23):12705-12710, 1997 Nov 11.
GO TOP
家族性ALSのSOD変異とNO
家族性筋萎縮性硬化症(ALS)患者では,SOD (superoxide dismutase)の変異があることはわかっているが,この変異がなぜ運動ニューロン死につながるかはわかっていない.この問題に対してCrowらは面白い仮説を出した.
彼らは野生型SODと変異SODの大きな相違点として,変異SODで,亜鉛への親和性が野生型の30分の1と極端に低くなっていることを見出した.SODから亜鉛が失われると,蛋白のチロシン残基のニトロ化が促進されることがわかっている.変異SODでは亜鉛が失われやすくなっているから,チロシン残基のニトロ化が加速され,蛋白の機能が障害されやすくなる可能性が考えられる.その上運動ニューロンには亜鉛をたくさんキレートするNeurofilament-L (NF-L)があるので蛋白のチロシン残基のニトロ化がより起こりやすくなるというわけだ.
Crow JP. Sampson JB. Zhuang YX. Thompson JA. Beckman JS. DECREASED ZINC AFFINITY OF AMYOTROPHIC LATERAL SCLEROSIS-ASSOCIATED SUPEROXIDE DISMUTASE MUTANTS LEADS TO ENHANCED CATALYSIS OF TYROSINE NITRATION BY PEROXYNITRITE. Journal of Neurochemistry. 69(5):1936-1944, 1997 Nov.
GO TOP
NOはくも膜下出血後の血管攣縮の特効薬となるのか?
Pluta RM. Oldfield EH. Boock RJ. REVERSAL AND PREVENTION OF CEREBRAL
VASOSPASM BY INTRACAROTID INFUSIONS OF NITRIC OXIDE DONORS IN A PRIMATE
MODEL OF SUBARACHNOID HEMORRHAGE. Journal of Neurosurgery. 87(5):746-751,
1997.
くも膜下出血後の血管攣縮は脳外科医にとって天敵である.この天敵を退治すべく,今までさまざまな薬が出ては消えていった.ヘモグロビンが強力なNOキレート剤であることから,くも膜下出血後の血管攣縮がNO不足によるものではないかと考え,ニトログリセリン,ニトロプルシッドといったNO
donarを治療に使おうとする人も多かった.しかし実験モデル,NOによる血管拡張が低血圧をおこし,自動調節能が障害された血管の血流はかえって低下してしまうなどの問題も多かった.Plutaらによれば新しい型のNO
donarがその問題を解決してくれるとのことなのだが・・・
GO TOP
黄色ブ菌のNOS
Choi WS. Chang MS. Han JW. Hong SY. Lee HW. IDENTIFICATION OF NITRIC
OXIDE SYNTHASE IN STAPHYLOCOCCUS AUREUS. Biochemical & Biophysical
Research Communications. 237(3):554-558, 1997
黄色ブドウ球菌がNOSを持っているが,そのNOSはほ乳類のNOSとははっきり違うんだそうな.ブ菌のNOSって一体何をやっているのだろうか?自分自身でNOSを持っているということは,マクロファージが出すNOなんかにも抵抗性なんだろうか?
GO TOP
アルツハイマー病脳でiNOSが神経細胞に発現している
Vodovotzら(1)は,beta amyloid proteinがミクログリアにマクロファージ型の誘導型NOS
(inducible NOS:iNOS)を誘導する(2)という研究結果を参考に,iNOS特異的な3種類の異なった抗体でアルツハイマー病患者脳を染めたみたところ,どの抗体でも,神経原線維変化を示した神経細胞でiNOSが染まった.一方予想に反してグリアにはiNOSは発現していなかった.この結果は,NOによる細胞障害の目安である3-nitrotyrosineが,神経原線維変化を示した神経細胞に証明されるという所見と合致する.
iNOSは神経系ではグリアに発現し,神経細胞にはiNOSは発現しないと一般に考えられてきたが,我々の研究室では,iNOSが神経細胞に発現することをすでに示している (2, 3).
神経源線維変化を示すのは死にゆく細胞だから,何らかの引き金(例えばiNOSの発現を押さえるTGF-betaの減少)によって神経細胞にiNOSが発現し,その細胞が周囲にNOをばらまきつつ自分も死んでいくのだろうか?そうなると,iNOSの発現を抑える非ステロイド系消炎剤をアルツハイマー病の治療に使う(4)という考え方も案外馬鹿にしたもんでもないかもしれない.しかしそれにしても肝心のグリアにiNOSが発現しないのはどうしてだろうか?
1. Vodovotz Y, Lucia MS, Flanders KC, et al. Inducible nitric oxide
synthase in tangle-bearing neurons of patients with Alzheimers disease.
J Exp Med 1996;184:1425-1433.
2. Sato I, Kim Y, Himi T, Murota S. Induction of calcium-independent
nitric oxide synthase activity in cultured cerebellar granule neurons.
Neurosci Lett 1995;184:145-8.
3. Sato I, Himi T, Murota S. Lipopolysaccharide-induced nitric oxide
synthase activity in cultured cerebellar granule neurons. Neurosci Lett
1996;205:45-8.
4. Stewart WF, Kawas C, Corrada M, Metter EJ. Risk of Alzheimers-disease
and duration of NSAIDs use. Neurology 1997;48:626-632.
5. Ii M, Sunamoto M, Ohnishi K, Ichimori Y. beta-Amyloid protein-dependent
nitric oxide production from microglial cells and neurotoxicity. Brain
Res 1996;720:93-100.
アルツハイマーとNOに関するこれまでの知見は下記を参考にしてもらいたい.
GO TOP
NOとAIDSにおける痴呆
Adamson DC, Wildemann B, Sasaki M, et al. Immunologic NO synthase:
elevation in severe AIDS dementia and induction by HIV-1 gp41. Science
1996;274:1917-21.
エイズでは高率に痴呆が起こるが,神経細胞自体にはHIVは感染せず,また剖検脳では高度の痴呆でも神経細胞の脱落は軽いことが多い.このことから,エイズにおける痴呆は,神経細胞の直接の障害ではなく,間接的な障害が原因で起こるのではないかと推測されていた.その間接的な障害をNOに求めたのがこの論文である.特にHIVの構成蛋白であるgp41はTNF-alfa,
IL-1beta, PAFといった炎症性サイトカイン,さらにiNOSを誘導するので,gp41とiNOSがエイズ痴呆の発現に関与しているのではないかという仮説を立てた.
二つの点からこの仮説を検討した.一つはエイズ痴呆患者脳でiNOSとgp41が増加しているかどうか.もう一つは,in
vitroでgp41がiNOSを誘導し,NOを産生させ,このNOが神経細胞を障害するかどうかという点である.
結果:エイズ痴呆の重症であるほど,剖検脳のiNOS,gp41の量は多かった.また,gp41はneuron/gliaのcocultureにおいてiNOSを誘導し,NOを産生させ,神経細胞死を起こす.
コメント:サイエンスの論文にしてはいまいちさえない.gp41がiNOSを誘導するということは1995年にすでに報告されているし,HIV感染による神経細胞障害にNOが関与しているということも目新しいことではない.強いて新しいところと言えば患者脳でiNOSとgp41がともに増加していて,それが痴呆の重症度と関係していたという点か.
GO TOP
nitrotyrosineは本当に酸化ストレスのマーカーか?
アルツハイマー病とNOとの関連で,Apo E- deficient miceの脳ではニトロチロシンが増加していること,またアルツハイマー病の脳で,神経原線維変化を呈した神経細胞にニトロチロシンが組織化学的に証明されることが報告されていることを先に紹介しました(下記参照).従来,このニトロチロシンは,NOから生じる細胞毒性の強い物質,Peroxynitriteがチロシン残基をニトロ化した結果の産物であり,NOによる酸化ストレスの指標となるとされてきました.しかし本当にnニトロチロシンは酸化ストレスを反映しているのでしょうか?というのは,正常対照の脳でもニトロチロシンが非常に強く染まる細胞があるからです.それは小脳のプルキンエ細胞です(1).
プルキンエ細胞そのものにNOSがないにしても,周囲の顆粒細胞はNOSを持っていますから,顆粒細胞から出てきたNOがプルキンエ細胞を標的に働くことは十分考えられます.正常対照のプルキンエ細胞にnitrotyrosineが強く染まると言うことは,病的な過程だけでなく,生理的活動でもチロシンのニトロ化が十分起こっていることを示します.
1. Mark A. Smith, Peggy L. Richey Harris, Lawrence M. Sayre, Joseph S. Beckman, and George Perry. Widespread Peroxynitrite-Mediated Damage in Alzheimer's Disease. J. Neurosci. 1997;17: 2653-2657.
GO TOP
in vivo実験系でのアルギニン,シトルリンの変化とNOS活性
in vivo,特にwhole animalを使った実験系で,動物の体液中のシトルリン,アルギニンの濃度変化がNOS活性の目安になるかどうかという問い合わせを最近受けました.答えはNoです.なぜなら,シトルリンもアルギニンも生体内に普遍的に存在する尿素サイクルの一員であり,NOSとは無関係にいくらでも動きうるからです.NOSに関係するアルギニンとシトルリンは,尿素サイクル全体,あるいはその他の代謝系によって消費,産生されるアルギニンとシトルリンのプールからくらべれば,ほんの一部に過ぎないのです.生化学の教科書で尿素サイクルの図を見て下さい.Garthwaiteの総説(1)の図もわかりやすいです.これを見るとアルギニンもシトルリンも,NOSがなくてもオルニチン経由で産生,消費されますよね.アルギニン,シトルリン(シトルリンは”すいか”に多く含まれる)とも食べ物の中に含まれており,食事由来のプールもあるわけです.
また,尿素サイクルやNOSと全く関係なくアルギニンが消費され,シトルリンが産生されることもあることは下記”NOSとは関係のないアルギニンからシトルリンへの変換”で述べました.
ヒトにもNOSとは全く関係なくシトルリンが貯蔵する病気があります.シトルリンをアルギニノコハク酸に変換するargininosuccinate synthetase (ASS)の欠損症です.髄液でも血液でもシトルリンが著増します.私はこの病気の症例報告をしました(2).
このようにして,アルギニンもシトルリンのそのままではNOS活性の指標にはなりえません.ではなぜアルギニンからシトルリンへの変換を使ってNOS活性が測定できるかというと,あくまで,試験管の中で,放射性ラベルをしたアルギニンを外から一定量加えてやることによって,ラベルしたシトルリンにどの程度変換されるかを観察しているからです.つまり,アルギニンにしろ,シトルリンにしろ,どこのプールから由来するかははっきりさせ,かつ,その試験管の中にNOS阻害剤を入れて放射性シトルリン産生が綺麗に抑制されてはじめて,そのシトルリン産生がNOSによるものと言えるのです.これだけ厳密にin vitroでコントロールされた状態での放射性のシトルリン産生と,whole animalの細胞外液中のシトルリン濃度とは全く別のプールであることは容易にわかっていただけると思います.
1. Garthwaite J. Glutamate, nitric oxide and cell-cell signalling in
the nervous system. Trends Neurosci 1991;14:60-67.
2. 池田正行, 織茂智之, 黒沢崇四, 新井雅信, 冷牟田英三. 肝argininosuccinate
synthetase(ASS)の小葉内局在が不均一塊状型を示したシトルリン血症の1剖検例.
臨床神経 1987;27:931-935.
GO TOP
NOSとは関係のないアルギニンからシトルリンへの変換
NOSや尿素サイクルと全く関係ない酵素が,アルギニンからシトルリンを産生することがあります.arginine
deiminaseがそれです(1).この場合にはNOはできませんし,シトルリン産生がNOS阻害剤で全く抑制されません.培養細胞にしばしば感染するマイコプラズマでは,この酵素系の活性が強いので要注意です.最近我々の研究室でも,培養細胞の感染を知らずに,ラベルしたアルギニンでNOS活性を測定しようとして,大量のシトルリン産生を見出しました.しかし,このシトルリン産生はNOS阻害剤でまったく抑制されないのです.よくよく調べるとarginine
deiminaseだったという経験をしました.この検討の過程では,鹿児島大学生化学 佐伯武頼先生に貴重な御助言をいただきました.
1. Sugimura K, Fukuda S, Wada Y, et al. Identification and purification
of arginine deiminase that originated from Mycoplasma arginini. Infection
& Immunity 1990;58:2510-5.
GO TOP
海馬CA1錐体細胞にNOSはあるのか?
下記の長期増強に必要なNOは海馬CA1にある錐体細胞から出てくるはずなのですが,このCA1錐体細胞がNADPH-diaphorase染色やnNOS染色で染まらないことが大きな問題になっていました.そこでVaidらはNADPH-diaphorase染色の条件をいろいろ検討した上で,eNOS,
nNOSの免疫染色の結果と比較しました.その結果,
1.sucroseの前処理をするとCA1がNADPH-diaphoraseが陽性に染まる.
2.このNADPH-diaphorase活性はnNOSではなくeNOSである.
3.これまで,CA1にNOSがあるかないか,controversialだったが,これは方法論の違いによるもので,sucroseで前処理をすれば膜にboundしたeNOSが安定し,それをNADPH-diaphorase染色で検出できる.
以上より,NADPH-diaphorase染色は海馬のNOS(eNOS, nNOSともに染める)染色として使え,sucroseの前処理によりNADPH-diaphorase陽性となるCA1のNOSはeNOSであると結論しています.
これで長い間続いた論争は収束に向かうでしょうか?
Vaid RR, Yee BK, Rawlins JNP, Totterdell S. NADPH-diaphorase reactive
pyramidal neurons in Ammon's horn and the subiculum of the rat hippocampal
formation. Brain Research 1996;733:31-40.
GO TOP
NOと海馬長期増強-ノックアウトマウス-
海馬の長期増強に逆行性伝達物質としてNOが必要だとの報告がありますが(1),このNOを産生するのが神経型のNOS(nNOS)ではなくて海馬CA1の錐体細胞にあると言われている内皮型のNOS(eNOS)であるとカリフォルニア工科大学のグループが96/12/6のサイエンスで報告しました(2).
彼らはアデノウイルスベクターを用いて機能しない変異型のeNOSを発現させたスライスと細胞膜に融合して正常に機能するeNOSを発現させたスライスでの長期増強を比較した結果,正常に機能するeNOSがないと長期増強が起こらないことを見出しました.一方Kandelらのグループは,eNOSのノックアウトならびにeNOSとnNOSのダブルノックアウトマウスで海馬の長期増強を検討しています.その結果,eNOSのノックアウトでは長期増強は正常ですが,eNOSとnNOSのダブルノックアウトマウスでは海馬のstratum
radiatumでの長期増強が障害されていました(しかしstratum oriensでの長期増強はダブルノックアウトでも正常).
すでにnNOSをノックアウトしたマウスでは,長期増強は障害されないと報告されているので(4).以上の結果を総合すると,海馬(stratum
radiatum)での長期増強にはNOが必要だが,それはeNOS, nNOSのどちらからでもよく,eNOSとnNOSは相補的に働くということを示しています.
1. Arancio O, Kiebler M, Lee CJ, et al. Nitric Oxide Acts Directly
in the Presynaptic Neuron to Produce Long-Term Potentiation in Cultured
Hippocampal Neurons. Cell 1996;87:1025-1035.
2. Kantor DB, Lanzrein M, Stary SJ, et al. A Role for Endothelial NO
Synthase in LTP Revealed by Adenovirus-Mediated Inhibition and Rescue.
Science 1996;274:1744-1748.
3. Son H, Hawkins RD, Martin K, et al. Long-term potentiation is reduced
in mice that are doubly mutant in endothelial and neuronal nitric oxide
synthase. Cell 1996;87:1015-1023.
4. O'Dell TJ, Huang PL, Dawson TM, et al. Endothelial NOS and the blockade
of LTP by NOS inhibitors in mice lacking neuronal NOS. Science 1994;265:542-6.
GO TOP
内因性の神経型NOSインヒビター
Snyderのグループが,yeast two-hybrid screenの手法を用いて,ラットの海馬のcDNAライブラリーからnNOSと結合し,nNOSの活性化を阻害する因子を見つけました(1).これはPIN
(protein inhibitor of nNOS)と呼ばれる10kilodaltonの蛋白で,nNOSがダイマーになることを阻止することによりnNOSの活性化を阻害します.PINのnNOS活性に対するIC50はmicro
Mのオーダーであり,阻害剤の強さとしてはアルギニンのアナログと同等あるいはそれより強くなっています.PINは内皮型あるいはマクロファージ型のNOSには結合しないので,nNOSを特異的に阻害します.PINはNOSの163番から245番のアミノ酸に結びつきます.この部位はcalmodulinを含むcofactorが結びつく部位,あるいはPDZ
domains(2)とは別の部位です.PINの遺伝子は非常によく保たれていて,ラットのPINのアミノ酸配列は線虫のそれと92%の相同性があります.Northen
blotでは全身臓器の中で睾丸に最も多く発現しています.またPINはショウジョウバエでは卵の発生に必要であることが別の論文で報告されているので,nNOSの内因性のインヒビター以外の役割も持っていることが想像されます.
1. Jaffrey SR, Snyder SH. PIN: An Associated Protein Inhibitor of Neuronal
Nitric Oxide Synthase. Science 1996;274:774-777.
2. Brenman JE, Chao DS, Gee SH, et al. Interaction of nitric oxide
synthase with the postsynaptic density protein PSD-95 and alpha1-syntrophin
mediated by PDZ domains. Cell 1996;84:757-67.
GO TOP
アルツハイマー病におけるNOの関与
アルツハイマー病での神経細胞障害の仮説の一つにラジカルによる酸化ストレスがあります.そのラジカルの中にNOも含まれます.NOとその過酸化物であるperoxynitriteが作られるとチロシンがニトロ化されて3-nitrotyrosineができるので,この3-nitrotyrosineがNOによる細胞障害の目安になります.アルツハイマー病との関連では,Apo
E- deficient miceの脳では3-nitrotyrosineが増加していること(1),またアルツハイマー病の脳で,神経原線維変化を呈した神経細胞に3-nitrotyrosineが組織化学的に証明されること(2)が報告されています.
アルツハイマー病の脳では,NOSニューロンは必ずしも保たれません.歯状回の外側ではNADPH diaphorase陽性線維が脱落しています(3).また,NOSmRNAが皮質下と海馬の一部ので減少しているとの報告もあります(4).結局,アルツハイマー病におけるNOSニューロンの保持は部位により異なるようです.
1. Matthews RT, Beal MF. Increased 3-nitrotyrosine in brains of Apo
E- deficient mice. Brain Res 1996;718:181-184.
2. Good PF, Werner P, Hsu A, Olanow CW, Perl DP. Evidence for neuronal
oxidative damage in Alzheimer's disease. Am J Pathol 1996;149:21-28.
3. Rebeck GW, Marzloff K, Hyman BT. The pattern of NADPH-diaphorase
staining, a marker of nitric oxide synthase activity, is altered in the
perforant pathway terminal zone in Alzheimer's disease. Neurosci Lett 1993;152:165-168.
4. Norris PJ, Faull RLM, Emson PC. Neuronal nitric oxide synthase (nNOS)
mRNA expression and NADPH-diaphorase staining in the frontal cortex, visual
cortex and hippocampus of control and Alzheimer's disease brains. Mol Brain
Res 1996;41:36-49.
GO TOP
パーキンソン病とNO
神経型のNOSの阻害剤である7-nitroindazoleが,MPTPによるパーキンソン病の発病阻止に有効なことを示す猿(ヒヒ)の実験がNature
Medicineに発表されました (1).ドパミンおよびその代謝産物を測定し,組織化学と行動実験も合わせて,見事なデータとなっています.SH
Snyderのコメント (2) にあるように,MPTPによりミトコンドリアでスーパーオキサイドが産生され,NOからperoxynitriteが出来て神経細胞障害が起こるという筋書きになっています.
でも,はっきり言うと,どうもうさんくさい.というのは,行動実験での対照群以外では,すべて,n=2から,せいぜいn=4なのです.でもグラフを見るとSEが小さくて,n=6以上の印象がある.バイオロジーを少しでもやった人間ならわかるだろうけど,n=2なんてほんと,信用できない.そんでもってANOVAをかけて検定している.確かに猿はラットみたいにふんだんに使えないのはわかるけど,n=2はないだろうよ.神経型のNOSからのNOが神経毒として働くというデータを出しているのは,Snyderのとこだけなんだよね.それにラジカルが悪さをするというデータとキノリン酸によるハンチントン病のモデルのデータを盛んに出しているBealのところが提灯持ちをした,そんなふうに考えるのは,僕のひがみでしょうか.でも,SnyderのところもBealのところも,仮説はこうだと決めてかかって,それに合うデータだけを出し続けている,そういう感じが強いのです.
1. Hantraye P, Brouillet E, Ferrante R, Palfi S, Dolan R, Matthews RT,
Beal MF. Inhibition of neuronal nitric oxide synthase prevents MPTP-induced
parkinsonism in baboons. Nature Med 1996;2:1017-1021.
2. Snyder SH. No NO prevents Parkinsonism. Nature Med 1996;2:965-966.
Green BG, Chabin R, Grant SK. The natural product noformycin is an inhibitor of inducible-nitric oxide synthase. Biochem Biophys Res Commun 1996;225:621-626.
GO TOP
神経型のNOSと筋ジストロフィー
神経型のNOS (nNOS)について最近一番ホットな話題はDuchenne型の筋ジストロフィーとnNOSの関係でしょう.骨格筋にnNOSが豊富に存在することは1993年からわかっていましたが(1),このnNOSがいったいどういう役割を果たしているのかがわからなかったのです.最近,この筋のnNOSがPDZドメインを介してジストロフィン関連蛋白であるシントロフィンに結合していること(2),Duchenne型の筋ジストロフィーとそのモデルであるmdxマウスでnNOSが発現されていないことが明らかになりました(3,
4).nNOSの欠如自体はDuchenne型の筋ジストロフィーの直接の原因ではないようですが,nNOSは筋肉の血流ばかりでなく筋細胞の増殖に関係している可能性が示唆されています(96年10月に横浜で行われた第39回神経化学会でのDS
Bredtの講演による).なお,NMDA受容体とnNOSを結びつけるのはPSD-95と呼ばれる蛋白です.(5).
1. Nakane M, Schmidt H, Pollock J, Forstermann U, Murad F. Cloned human
brain nitric oxide synthase is highly expressed in skeletal muscle. FEBS
letters 1993;316:175-180.
2. Brenman JE, Chao DS, Gee SH, et al. Interaction of nitric oxide
synthase with the postsynaptic density protein PSD-95 and alpha1-syntrophin
mediated by PDZ domains. Cell 1996;84:757-67.
3. Chang WJ, Iannaccone ST, Lau KS, et al. Neuronal nitric oxide synthase
and dystrophin- deficient muscular dystrophy. Proc Natl Acad Sci USA 1996;93:9142-9147.
4. Brenman JE, Chao DS, Xia H, Aldape K, Bredt DS. Nitric oxide synthase
complexed with dystrophin and absent from skeletal muscle sarcolemma in
Duchenne muscular dystrophy. Cell 1995;82:743-52.
5. Bredt DS. NO NMDA receptor activity. Nature Biotech 1996;14:944.