生命科学研究室におけるknowledge & risk management
帝国の逆襲
科学者はもっとメディアについて学ぶべきだ
生命科学基礎研究者に臨床医学の教育を
癌をとるか老化をとるか
鉄とてんかん
骨髄から脳へ
牡蠣に当たる
味の素の功はアメリカ人の手に
分化した神経細胞の不死化
LTP:学習とは関係ない?
主戦場の変遷
講釈師の話の裏付け
癩,LCV,ラッサ熱ウイルスの受容体はdystroglycan
バナジウムって知ってます
温故知新
成人の海馬でも神経細胞は新生する
植物のグルタミン酸受容体
ミトコンドリアはリケッチアだった?
ネズミの神経学
プリオン遺伝子にCAG repeatを組み込んだら
重症頭部外傷患者の交感神経緊張状態とIL-10
アセチルコリンとpost-traumatic stress disorder (PTSD)
TVゲームでドーピング
カイニン酸受容体は何をやっているのか?
なぜ脳にだけ病気が起こるのか?
動物の磁気受容細胞
なぜtriplet repeat病は神経・筋疾患だけにしかないのか?
βアミロイドのもう一つの顔
ニューロン殺すにゃ刃物はいらぬ
プリオンの直接神経毒性
一方,近年,心臓に人格の源泉があるという主張が現れた.オートバイで事故死した青年の心臓を移植された48歳のバレリーナに、手術後、不思議な変化が起こる。手術前には見向きもしなかったジャンクフードがむやみ食べたくなり、乗ったこともないバイクが恋しくなったという.(1)
岩 喬先生(WPW症候群手術で有名)は,この本のことを友人の移植外科医に話しても鼻の先で笑われてしまったという.しかし,岩先生には,自分の診療経験で思い当たることがあるという.(2)
歴史を振り返れば,脳帝国主義がいつまでも繁栄するとは思えない.その崩壊のきっかけが,かつて栄華を誇った心臓帝国の逆襲なのかどうかはわからないが.
1.クレア・シルヴィア,ウィリアム・ノヴァック著.飛田野 裕子訳.記憶する心臓
ある心臓移植患者の手記.角川書店
2.岩 喬.記憶する心臓.日本医事新報 No4055(2002/1/12) p26-27
他の職業はどうだろうか.例えば政治家.彼らは研究者よりもっとひどい目に遭っている.でも,彼らは,間違った見方に対して反撃し,自分達の言いたいことを大衆に伝える術を知っている.こういうやり方を科学者はどれほど知っているだろうか?もしも科学者が政治家と同ぐらいジャーナリストが欲しがる筋書きを知っていたならば,もっと自分の主張を一般大衆に理解してもらえただろうに.
幸い,このような動きは出てきている.いまや多くの財団が,科学者がメディアを学ぶことを奨励している.不正確な報道は正すべきだが,ジャーナリストを攻撃しても,長い目で見て得るところは少ない.そうではなくて,ジャーナリストに自分の主張を聞いてもらい,本当のことを知ってもらうべきだ.
Gray ML & Bonventre JV. Training PhD researchers to translate science to clinical medicine: Closing the gap from the other side Nature Med 2002; 8: 433
ゲノム,プロテオミクスと喧しいが,その学問の恩恵を一番に預かるべきはずの臨床医学と基礎研究者の問題意識がこれほど離れてしまっていいものだろうか.臨床医学で何が一番問題になっているのか,その問題を解決するために生命科学の研究者は何ができるのか,何をすべきなのか,どこに力を入れるべきなのか.それがわからなければ,とんでもない方向に研究の成果を求め,基礎研究者も臨床医も,どちらも不幸になってしまう.
これまでは,基礎研究も行なう臨床医が橋渡しの役を担ってきたが,生命科学がここまで複雑化してしまうと,わらじの一方はずっと下駄箱にしまったままでカビが生える結果にしかならないだろう.それに,今や,生命科学の分野では医師免許を持っていない研究者の方がはるかに多い.彼らに臨床医学を知ってもらって,より臨床に貢献できる研究をしてもらう必要がある.
誰が,いつ,どこで,何を教えるかという問題はあるが,何もかも削減の世の中だ.新しい仕組みやポストができるわけがない.だったら,開き直って,今いる人々,今ある組織,今ある金をつかってやるしかないだろう.
Stuart D. Tyner and others. p53 mutant mice that display early ageing-associated phenotypes. Nature 2002; 415: 45-53
ご存知癌抑制遺伝子p53が異常に活性化したマウス(トランスジェニックではなく,第1から第6までのエクソンが欠失した遺伝子の産物なのだが,これは不活性ではなく,むしろ活性化したp53だというから面白い)は,もちろん腫瘍が少なかったが,体重も,筋肉量も少なく,背骨が曲がり,骨がもろいといった老化現象を早くから示した上に,野生型よりも寿命が2割も短かったという.
アルツハイマー病では癌が少ない(癌のリスクが少ない人が生き延びた結果アルツハイマーになる?)と取りざたされているが,どうやら本気で考えてもいいようだ.癌遺伝子の方からアルツハイマー病を探ってもいいだろう.P53についてはすでに検討があるようだが.
鉄がフリーラジカルとして脳を損傷するという仮説は,パーキンソン病をはじめとするいくつかの神経疾患で示唆されている.しかし,全身的な鉄代謝異常であるヘモクロマトーシスに神経疾患が合併したという報告は非常に少ない.一方,脳内に鉄を投与することによって実験的にてんかんが起こることが知られている.では,てんかん患者で全身的な鉄の代謝はどうなっているのか?それを調べたのが,Ikeda M. Iron overload without the C282Y mutation in patients with epilepsy. J Neurol Neurosurg Psychiatry (in press) である.
我々は,てんかん患者における全身的な鉄過剰を示す所見をえた.施設入所の精神遅滞者で,てんかんをもつ130名と,年齢と性別をマッチさせたてんかんのない対照群128名において,鉄代謝を検討したところ,血清鉄はてんかん群 106 ア 8 オg/dLに比して,対照群では88 ア 8 オg/dLと有意に高かった ( P < 0.01 ).一方,UIBCはてんかん群で173ア78 オg/dL で,対照群の228 ア 76 オg/dLより有意に低かった ( P < 0.01 ).その結果,鉄負荷の指標であるトランスフェリン飽和度は,てんかん群で39.9ア19.6 %,対照群の29.1ア14.9 %より有意に高かった ( P < 0.01 ).抗てんかん薬の服用とこれらの鉄代謝の指標とは無関係であった.また,食生活を含む日常生活や行動で,てんかん患者に特有な障害は見られなかったので,鉄代謝マーカーの異常が,抗てんかん薬や食生活による二次的な変化であることは否定された.
さらに,トランスフェリン飽和度が男性で60%,女性で50%を超えるような異常高値者は,てんかん群で10名も見出されたが,対照群では1名のみだった.この11名につき,ヘモクロマトーシスの遺伝子変異を検討した.その結果,補助的な変異であるH63Dのヘテロがてんかん患者2名に認められたが,ヘモクロマトーシスの主要な変異である C282Y変異は見出されなかった.以上より,てんかん患者では,あきらかに全身的な鉄代謝異常があるが,その異常は既知のヘモクロマトーシス遺伝子変異以外の要素によると考えられる.
さらにご興味のある方はPreprintもご覧下さい.BMJ Publishing Groupとの約束で,ホームページ上でPreprintの公開が許可されています.(ただし勝手にダウンロード,コピーはしないでください)
骨髄幹細胞が脳に入って神経細胞になるという.放射線照射などによって骨髄系,リンパ系の細胞を全く持たないマウスを作り,そのマウスに対してドナーのマーカーをつけた骨髄幹細胞を移植(経静脈的に投与)すると,そのマーカーを持った神経細胞がレシピアントの脳に見出されるというのだ.
この実験結果から,いろいろなことが考えられるだろうが,私はまず二つのことに思いを馳せた.一つは,神経変性疾患,現時点ではパーキンソン病が一番いい適応だろうが,その治療に使えるかもしれないということ.もしライン化した骨髄幹細胞が使えるのなら,
GDNFの遺伝子治療(Neurodegeneration prevented by lentiviral vector delivery of GDNF in Primate Models of Parkinson's disease. Science 2000;290:767)
牡蠣のおいしい季節になった.生牡蠣というと,当たる当たらないが話題になる.牡蠣による中毒は腸炎ビブリオのような細菌だけではない.ウィルスも原因になる.
Morse DL, Guzewich JJ, Hanrahan JP, et al. Widespread outbreaks of clam- and oyster-associated gastroenteritis. Role of Norwalk virus. New England Journal of Medicine 1986; 314: 678-81.
また貝による中毒は病原体とも限らない.海藻から虫下し,カイニン酸がとれたことを思い出されたし.その海藻やを食べた貝の中に虫下しの類が濃縮されるのですよ.ちょうど水俣湾の魚の体内にメチル水銀が濃縮されたようにね.
Shellfish: From June to October, especially on the Pacific and New England coasts, mussels, clams, oysters, and scallops may ingest a poisonous dinoflagellate ("red tide") that produces a neurotoxin resistant to cooking. Circumoral (口の周りの)paresthesias (しびれ)occur 5 to 30 min after eating. Nausea,(嘔気) vomiting,(嘔吐) and abdominal cramps (腹痛)then develop, followed by muscle weakness and peripheral paralysis. Recovery is usually complete, but respiratory insufficiency may result in death.
ドーモイ酸はカイニン酸のアナログである.Sigmaなんかで売っている立派な神経毒である.牡蠣じゃなかった,下記の報告はドーモイ酸中毒の症例である.剖検例で,海馬のアンモン角がやられている.ドーモイ酸中毒の場合も,貝(ここでは牡蠣じゃなくてムール貝なんだが)がドーモイ酸を作るんじゃないんだよね.実は,湾内で運悪く変な海藻が大量発生した時に採れた貝を食べたもんだから,その貝の中に海藻が作るドーモイ酸が濃縮されて,それを食べた人は海馬がやられちゃったんだよねえ.興奮毒性のとんだ人体実験ってなもんさ.これは神経科学者の間では,結構有名な話だから,海外の学会で(といってもほとんどの場合,アメリカになるだろうが)シーフードを食べながらの会話でいいネタになるから,覚えておいて損はないよ.
Teitelbaum JS, Zatorre RJ, Carpenter S, et al. Neurologic sequelae of domoic acid intoxication due to the ingestion of contaminated mussels. New England Journal of Medicine 1990; 322: 1781-7.
N. Chaudhari, A. M. Landin & S. D. Roper. A metabotropic glutamate receptor variant functions as a taste receptor. Nat Neurosci 3: 113-119 (2000)
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分化した神経細胞の不死化
Heather K. Raymon. Immortalized Human Dorsal Root Ganglion Cells Differentiate
into Neurons with Nociceptive Properties. J Neurosci, 1999, 19(13):5420-5428
胎児から取ってきた後根神経節細胞 (DRG) に癌遺伝子であるv-mycを導入したところ,神経細胞として DRGの性質を保ったまま不死化した.この研究の大切なところは分化した神経細胞が不死化したということで,応用範囲が広くなる点(基礎研究ばかりではなく,例えばパーキンソン病の移植治療にも使える可能性がある)にある.しかしあまのじゃくの私は,裏返して考えて,神経変性疾患は癌遺伝子の機能障害で起こるなんて仮説が魅力的だと感じてしまう.
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LTP:学習とは関係ない?
Zamanillo D and others. Importance of AMPA receptors for hippocampal
synaptic plasticity but not for spatial learning. Science. 284(5421):1805-1811,
1999 Jun 11.
AMPA受容体のサブユニットの一つであるGluR-Aノックアウトマウスでは海馬CA1での長期増強が障害されているが,水迷路による空間学習は障害されていなかった.
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主戦場の変遷
神経細胞死研究の主戦場が,変異遺伝子発見競争から,その変異遺伝子の産物,すなわち蛋白質がどのようにして神経細胞死を起こすかという分野に完全に移った感がある.その新しい主戦場での武器は蛋白質化学だ.蛋白質がどのように折れ曲がり,たたまれることによって,正常の蛋白分解に抵抗し,蓄積凝集して神経毒性を発揮するのかという点に興味が集まっている.
Radford SE, Dobson CM. From computer simulations to human disease: Emerging themes in protein folding [Review]. Cell 1999;97:291-298.
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講釈師の話の裏付け
”学習,記憶が成立すると神経突起が進展して新たなシナプスを作るんです.痴呆になると,このシナプスが失われるために記憶が失われ,新たな学習ができなくなるのです.”こんな説明をしたり受けたりしたことがあるでしょう.でもこの説明の後半はまあいいとしても前半は本当なのでしょうか? 見てきたような嘘をついていたのではないでしょうか? 実は今まで直接の形態学的な証拠がなかったのです.その証拠を呈示するとネイチャーに論文が載るのです.
Engert F. and Bonhoeffer T. Dendritic spine changes associated with hippocampal long-term synaptic plasticity. Nature. 399(6731):66-70, 1999 May 6.
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癩,LCV,ラッサ熱ウイルスの受容体はdystroglycan
寄生する細胞なしでは生きていけない病原体は,宿主の細胞に楔を打ち込むための場所,すなわち受容体を必要とするはずだ.癩菌,LCV(lymphocytic
choriomeningitis virus),ラッサ熱ウイルスの場合には,その受容体はデュシェンヌ型の筋ジストロフィーで変異しているジストロフィンと複合体を作るalpha-dystroglycanだというのだ.だから何だっていうことは特にありませんが,神経科学者たるもの,私は変性疾患に興味があるが炎症には興味がない,なんて狭い了見では,真実は見つかりません.
Rambukkana A. and others. Role of alpha-dystroglycan as a Schwann cell receptor for Mycobacterium leprae. Science. 282(5396):2076-2079.
Cao W. and others. Identification of alpha-dystroglycan as a receptor for lymphocytic choriomeningitis virus and lassa fever virus. Science. 282(5396):2079-2081.
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バナジウムって知ってます?
Morinville A.and others. FROM VANADIS TO ATROPOS - VANADIUM COMPOUNDS AS PHARMACOLOGICAL TOOLS IN CELL DEATH SIGNALLING [Review]. Trends in Pharmacological Sciences. 19(11):452-460, 1998 Nov.
過酸化バナジウムって,生命科学をやっている人間にはあまり耳慣れない言葉だが,tyrosine phosphatase inhibitorsとかcell deathとか聞くと,話を聞いてみようかなって気になるだろう.
バナジウムがインスリン様の作用を持っていることは知られていたのだが,最近,ある種の過酸化バナジウムの細胞毒性が強力なtyrosine phosphatase阻害作用に基ずくことがわかったという.要約からはそれだけしかわからないんですが,どうです,論文を手に取る気になりましたか?
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温故知新
まずは神経とは全然関係のなさそうなお話.(どうも私の話は神経と関係ないことが多い)砒素が急性前骨髄性白血病に著効することは別の欄で紹介した.砒素の作用機序がcaspase
3の活性化であることまでわかっている.
こうしてみると毒ってやっぱり面白いですね.中国は漢方薬に含まれている砒素からヒントを得て急性前骨髄性白血病の特効薬を見つけたわけですよ.その他の例として,サリドマイドがインターフェロンαの拮抗薬として脚光を浴びているのをご存知ですか?
日本でも独創性のある仕事をしようとするなら,日本独特の毒,キノホルムとか有機水銀とか研究したらどうなんでしょう.何も神経科学者に白血病の薬を見つけろって言っているんじゃありません.みんなが置き去りにしてしまった薬を研究すれば,競争に追われることなく,神経細胞死に関してじっくりと独創的な仕事ができるんじゃないかって思うのです.
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成人の海馬でも神経細胞は新生する
Eriksson PS, Perfilieva E, Bjorkeriksson T, et al. Neurogenesis in
the adult human hippocampus. Nature Medicine 1998;4:1313-1317.
人の脳では神経細胞は新生しないと信じられてきたが、生前に舌癌の診断目的でBrdU(bromodeoxyuridine)を投与された患者の海馬を調べたところ,歯状回の顆粒細胞がBrdUを取り込んでいることが見出された.
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植物のグルタミン酸受容体
なぜ毒茸(キスカル酸)や海草(カイニン酸)からグルタミン酸のアゴニストが採れるか考えたことがあるかい?そんなことには興味がないって??そんなことじゃ研究者として失格だな.それはね,植物にもグルタミン酸受容体があって,グルタミン酸の類似体をしっかり伝達物質として使っているからさ.植木にDNQXをやったことがあるかい?ないだろうね.彼らはやったんだ.そしたら発育が悪くなった.
Lam HM, Chiu J, Hsieh MH, et al. Glutamate-receptor genes in plants. Nature 1998;396:125-126.
だからさ,毒きのこを食べて頭がおかしくなったり,グアム島の木の実やcheckin peaばかり食べるとおかしな病気が起こるのさ.
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ミトコンドリアはリケッチアだった?
Andersson SGE and others. THE GENOME SEQUENCE OF RICKETTSIA PROWAZEKII
AND THE ORIGIN OF MITOCHONDRIA. Nature. 396(6707):133-140, 1998 Nov 12.
発疹チフスの病原体であるRICKETTSIA PROWAZEKIIの全遺伝子配列が決定した.それがミトコンドリアの遺伝子によく似ているんだそうな.どういう点で似ているかというと,
1.嫌気的解糖系の酵素がないのにTCAサイクルの酵素系は全部揃っていて,ATPの産生過程がミトコンドリアそっくり
2.アミノ酸や核酸を合成する酵素が大幅に欠けている
とするとですな.ミトコンドリアの機能障害による神経細胞死を研究するにはリケッチアによる細胞障害の研究をするのが早道??
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ネズミの神経学
つい最近初めて知ったのですが,ラットは片側の大脳皮質を切除しても片麻痺は起こらないんですってね.Paxinosの名著,The
Rat Nervous Systemを読んでも,確かにそう書いてある.そればかりではなく,かなり複雑な学習例えばMorrisの水迷路も障害されないとのこと.
”あいつら,大脳皮質なんか使っていないんですよ.そんな動物を使って学習とか行動とか実験して,人間の病気の研究をしようってんだから,笑っちゃいますよね”と,ラット学習のプロは言い放つ.
学習はともかく,片側の大脳皮質を切除しても片麻痺が起こらないなんて,ネズミを相手にしている神経内科医はショックだよ.大脳皮質から内包,中脳脚,錐体交差,脊髄前角細胞に至る錐体路は,神経内科医にとって,象徴的な伝導路であり,こんな基本的な伝導路がラットと人で根本的に異なるなんて思ってもいませんでした.
こんな基本的な伝導路さえ,ネズミとヒトで大きく違うのだから,神経科学でネズミを材料にしてヒトの病気を考えることにどれだけの意味があるのだろうかと,改めて考えてしまう.
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プリオン遺伝子にCAG repeatを組み込んだら
(98/11/4)
これ,ほんの思いつきなんですけど,正常のプリオン遺伝子って,CAG repeatがあるんでしょうか.もしあったとしたら,そのCAG
repeatを長く伸ばしてやってトランスジェニックを作るとどうなるんでしょうか?あんまり面白くないかな?
ちなみにプリオン蛋白遺伝子のエクソンにはいわゆるCAG repeatはない.イントロンにあるかどうかは?(新 竜一郎さんのコメント)
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重症頭部外傷患者の交感神経緊張状態とIL-10
Rapalino O, Lazarovspiegler O, Agranov E, et al. Sympathetic activation
triggers systemic interleukin-10 release in immunodepression induced by
brain injury. Nature Medicine 4:808, 1998.
頭部外傷って,脳神経外科医以外は興味がないので,研究者が少ないのだけれど,臨床的には,消化管出血,肺水腫,感染症など,脳以外の臓器にもいろいろなことが起こって難しい病態なのです.その病態の少なくとも一部を説明しようとしてRapalinoらは興味ある仮説を出しました.特に脳幹部に障害を及ぼすような重篤な外傷では,カテコールアミンの放出を引き起こし、β-アドレナリン受容体を介したcAMP依存性経路を通じて単核球を刺激して、 IL-10を分泌させることを示した。その結果,中枢性の肺水腫をはじめとして様々な合併症が起こるというわけです.
この系は、免疫機能と神経内分泌機能とをつなぐ重要な経路なのかもしれない。今回の結果は、急性脳損傷の患者での免疫抑制の防止には、交感神経系またはIL-10の活性化を抑制治療することが必要なことを示唆している。
重症の脳疾患と交感神経緊張状態というと,思い出すのがくも膜下出血の際に時に見られるGiant negative Tに代表される心筋虚血を示唆する心電図変化である.こういう症例ではIL-10はどうなっているのだろう.脳外科医でもこのあたりのことに興味を持って観察してくれる人がいるといいのだが.
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アセチルコリンとpost-traumatic stress disorder
(PTSD)
Kaufer D. Friedman A. Seidman S. Soreq H. ACUTE STRESS FACILITATES
LONG-LASTING CHANGES IN CHOLINERGIC GENE EXPRESSION. Nature. 393(6683):373-377,
1998 May 28.
阪神大震災でも話題になったPTSDだが,その発症にアセチルコリンが関与するとのこと.著者らはPTSDとacetylcholinesterase阻害剤投与による症状が似ていることに注目し,ストレス後のアセチルコリン放出とacetylcholinesterase阻害剤投与後に,神経細胞の興奮性の二相性変化とc-fosの発現というよく似た現象を起こすことを明らかにした.
この研究結果を踏まえると,アルツハイマー病に対するacetylcholinesterase阻害剤投与が,本当にいいのだろうかと思えるのだが.
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TVゲームでドーピング
Koepp MJ. Gunn RN. Lawrence AD. Cunningham VJ. Dagher A. Jones T. Brooks
DJ. Bench CJ. Grasby PM. EVIDENCE FOR STRIATAL DOPAMINE RELEASE DURING
A VIDEO GAME. Nature. 393(6682):266-268, 1998 May 21.
PETをやっているハマー薨SAKI~1HTM
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動物の磁気受容細胞
神経科学とは全然関係ないのですが,長距離を旅する動物の磁気受容細胞が見つかったとのことです.ニジマスでは鼻のところにあるそうな.
Walker MM. Diebel CE. Haugh CV. Pankhurst PM. Montgomery JC. Green CR. STRUCTURE AND FUNCTION OF THE VERTEBRATE MAGNETIC SENSE. Nature. 390(6658):371-376, 1997 Nov 27.
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なぜtriplet repeat病は神経・筋疾患だけにしかないのか?
脳の研究というのはいつも多臓器の疾患の後追いで発達してくるのが常だった.これは基礎研究でも,臨床研究でも,臓器,研究材料へのアクセスが格段に違うからだろう.別に神経系の研究者が特別能無しだとは考えたくない.
しかしtriplet repeat病に限ると,神経・筋疾患関連でのみ見つかっている.これはどうしてだろう.特にtriplet repeat病は神経・筋疾患の中でも変性疾患の範疇に入る.神経細胞にしても,筋細胞にしても,分裂できない細胞が徐々に消えていくという特徴がある.この特徴とtriplet repeat病の本態と関係があるのだろうか?つまり,神経細胞や筋細胞がどうして分裂しないのかがはっきりすれば,triplet repeat病も解明できるのだろうか?そうすると,本来分裂しない細胞が分裂するような状態,例えば筋肉の再生現象とか,横紋筋肉腫の研究から,triplet repeatの謎に迫ることはできないだろうか.
また,分裂しない細胞が減っていくという意味で,神経・(横紋)筋疾患に似ているものに,心筋症がある.実際,triplet repeat病である筋緊張性ジストロフィーやフリードライヒ失調症は心筋症を起こす.そうなると,神経疾患を起こさない心筋症でも,triplet repeatを見つけるのが原因遺伝子の同定の早道ではないだろうか?この場合,通常のポジショナルクローニングよりも,triplet repeatと決め打ちしていくから,もし読みが当たっていれば,労力を極端に少なくできることになる.
Bowles KR. Gajarski R. Porter P. Goytia V. Bachinski L. Roberts R. Pignatelli R. Towbin JA. GENE MAPPING OF FAMILIAL AUTOSOMAL DOMINANT DILATED CARDIOMYOPATHY TO CHROMOSOME 1OQ21-23. Journal of Clinical Investigation. 98(6):1355-1360, 1996 Sep 15.
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βアミロイドのもう一つの顔
イオンチャネルについては,その生理機能の解明に比べて,神経疾患の病態への関与は確立していない.しかしイオンチャネルは神経細胞の機能に重要な役割を果たしているので,神経疾患の病態へ深く関与していることが予想される.たとえば,spinocerebellar
ataxia 6 (SCA6)では,電位依存性カルシウムチャネルのα1Aサブユニット遺伝子内のCAGリピートの小さな増大が原因であることがわかっている.
Zhuchenko O, Bailey J, Bonnen P, et al. Autosomal dominant cerebellar
ataxia (SCA6) associated with small polyglutamine expansions in the alpha(1a)-voltage-dependent
calcium channel. Nature Genet 1997;15:62-69.
アミロイドの神経毒性をイオンチャネルに対する作用から説明しようとしたのが次の総説である.
Fraser SP. Suh YH. Djamgoz MBA. IONIC EFFECTS OF THE ALZHEIMERS DISEASE
BETA-AMYLOID PRECURSOR PROTEIN AND ITS METABOLIC FRAGMENTS. Trends in Neurosciences.
20(2):67-72, 1997.
ではアルツハイマー病脳では実際にイオンチャネルはどうなっているのかは,次の論文を参照のこと(^^;).
1. Ikeda M, Dewar D, McCulloch J. Differential alterations of ion channel
binding sites in temporal and occipital regions of the cerebral cortex
in Alzheimer's disease. Brain Res 1993;630:50-56.
2. Ikeda M, Dewar D, McCulloch J. High affinity hippocampal [3H]-glibenclamide binding sites are preserved in Alzheimer's disease. J Neural Transm [P-D Sect] 1993;5:177-184.
3. Ikeda M, Dewar D, McCulloch J. A correlative study of calcium channel antagonist binding and local neuropathological features in the hippocampus in Alzheimer's disease. Brain Res 1992;589:313-319.
4. Ikeda M, Dewar D, McCulloch J. Selective reduction of [125I]-apamin binding sites in Alzheimer hippocampus, A quantitative autoradiographic study. Brain Res 1991;567:51-56
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ニューロン殺すにゃ刃物はいらぬ
プリオン病で正常蛋白はα-helixなのに異常プリオンはβシート.アルツハイマー病のアミロイドもβシート.triplet
repeat病のポリグルタミンもβシートを作るそうな.神経細胞を殺すには,何でもいいから,とにかくβシート構造をとる蛋白を作ればいいように思えるが,本当のところはどうなんだろう.
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プリオンの直接神経毒性→(プリオン病のことが知りたい方はこちらへ)
プリオン病の脳では神経細胞は当然脱落するが,アルツハイマーのβアミロイドの場合に比べてプリオンが神経細胞を直接殺すというin
vitroの実験結果は非常に少ない.わずかに次の論文があるだけだ.
Forloni G, Angeretti N, Chiesa R, et al. Neurotoxicity of a prion protein
fragment. Nature 1993;362:543-6.
ヒトのPrP cDNAの106-126 のアミノ酸残基からなるペプチドが,microMの濃度でラット海馬の初代培養の神経細胞を殺したという.しかし,これは正常のPrPのフラグメントだろうに.PrPScそのものを使わないと意味がないんじゃないだろうか?
以上のような私の考えに対して,長崎大学医学部細菌学教室の新 竜一郎(あたらし りゅういちろう)さんが,以下のようなコメントを寄せてくれた.
この論文以外にもいくつかあると思います.ほとんどはForloniらが見つけたPrP106-126を使っています.この部分は正常配列と同じですが,もっとも凝集しやすく溶液中でアミロイド様になります.当然,このペプチドを脳内接種しても発病しません.感染性の問題と扱いにくいという点から,直接PrPScを使った神経毒性の論文は私の知っている限りでは下の1つだけです.ただこの論文でもPrPScをリポソームで覆って用いています.直接PrPScそのものを細胞にかけて細胞死が観察されたという論文は今までのところ見たことはありません.
Muller WE, et al. Cytoprotective effect of NMDA receptor antagonists onprion protein (PrionSc)-induced toxicity in rat cortical cell cultures. Eur J Pharmacol. 1993 Aug 15;246(3):261-7.
PrP106-126を用いたものとして
J Hope et al. Cytotoxicity of prion peptide (PrP106-126) differs inmechanism from the cytotoxic activity of the alzheimer's disease amyloidpeptide, Aβ25-35 Neurodegeneration 1996 vol.5 :1-11
Brown DR, et al. Role of microglia and host prion protein in neurotoxicityof a prion protein fragment. Nature. 1996 Mar 28;380(6572):345-7.
Brown DR, et al. Mouse cortical cells lacking cellular PrP survive inculture with a neurotoxic PrP fragment. Neuroreport. 1994 Oct27;5(16):2057-60.
先生が指摘されているようにPrP106-126が本当にin vivoでの現象を反映しているかどうかはわからないと思います.しかしこのペプチドは感染性はもちろん持たないものの,ある程度in vivoでの現象を反映した性質を持っています.その一つとしてこのペプチドをプリオン蛋白遺伝子ノックアウトマウス由来の神経細胞に加えても正常マウス由来のものと異なり,全く死なない(それどころか逆に栄養因子のように働いている?)ということが挙げられます.それが3つ目と4つ目の論文です.プリオン蛋白遺伝子ノックアウトマウスに正常マウスの脳の一部分を移植したin vivoでの実験により,細胞外にPrPScがあっても細胞膜にPrPCが発現していないと細胞は障害されないという報告もあることから,PrPScもPrP106-126もその神経毒性を発揮するためにはPrPCが必要であると考えられています.ただPrPCが細胞死のシグナルを伝える役割を果たしているのか,それともPrPSc,PrP106-126が細胞内に入るときに必要なのかはわかっていません.例えばリポソームで強制的にPrPCが発現していない細胞にPrPSc,PrP106-126をいれたときにどうなるかなどの実験が考えられると思います.