池田正行 MRIは脳卒中の診断に役立たない。EBMジャーナル 2008;9:96-97.
ポイント
1. 脳卒中診断の基本は問診と診察であり、その臨床診断を踏まえて、脳出血の除外により脳梗塞と診断する点では、X線CTとMRIは対等である。
2. 急性期脳梗塞病変に対する感度は、確かにMRIの方が高い。しかし、それでも急性脳梗塞病変に対するMRI拡散強調画像の偽陰性率は、発症3時間以内で26%にも達するため、感度の限界を踏まえて、あくまで参考情報として扱うべきである。
3.さらに、MRIの感度の高さは、特異度の低さとのトレードオフとして、臨床上の重大問題となる。たとえば、低血糖昏睡の患者にMRIを撮り、陳旧性の大脳白質病変を意識障害の原因と決め付けてしまうような誤りである。このような誤りは、MRI画像の解釈が、常に臨床診断に依存していることから生じる。
4.従って、MRIは臨床診断
5. 先進国中でも突出して高い日本のMRI普及率の背景には、医師患者間の人間不信がある。
はじめに:それは本当にMRIが不可欠な状況なのか?
ある休日の朝に、67歳男性が救急車で運び込まれてきた。なかなか起きてこないので妻が寝室に行くと、起きあがれずに布団の中でもがいていたという。タバコ1日40本,日本酒1日三合,高血圧症の既往があった。本人はストレッチャーの上で開眼しているが,呼びかけに対して言葉が出ずにうなづくばかりである。右口角がやや下がり、痛覚刺激の際のしかめ面で、右の睫毛が隠れない。閉眼、開口、左手・左足挙上の命令に従うが、右上下肢は弛緩性の完全麻痺。感覚系についてはコミュニケーションが取れないので詳細不明である。
あなたは、以上のシナリオから、どんな診断を下すだろうか?次に、どんな検査を計画するだろうか。まずはMRIだろうか? しかし、MRI大国の日本1)でさえ、X線CTならいつでも取れるが、MRIはそうはいかないという施設の方が多い。上記のシナリオで、診断のために,本当に緊急MRIが必要なのだろうか?そのエビデンスはどこにあるのだろうか?
「とりあえずビール」ならぬ,「とりあえずMRI」
本事例では、病歴と診察だけで、左大脳半球の脳卒中であることがわかる。X線CT
だけでも、100%の感度で脳出血を検出できるから、脳出血か脳梗塞かの鑑別は、X線CTがあれば十分であって、MRIの優位性は認められない。脳出血か脳梗塞かの鑑別において本質的に問題となるのは、脳出血に対する感度であって、脳梗塞に対する感度ではない。この診断原則は、大脳病変ばかりでなく、脳幹・小脳病変にも当てはまる。脳卒中にはとりあえずMRIという習慣と、居酒屋でとりあえずビールを注文する習慣と、一体どこが違うのだろうか?
脳卒中の診断におけるMRIのエビデンス
MRIが脳卒中の診断に必須であるとの幻想の背景には、拡散強調画像に対する誤解がある。急性期脳梗塞に対する拡散強調画像の感度は確かにX線CT
よりも優れているが、それでも偽陰性率は発症3時間以内の場合26%、12時間以内でも19%である
2)。しかも、この率は天幕上、天幕下の脳梗塞を合わせた数字だから、脳幹・小脳梗塞に対する拡散強調画像の偽陰性率は、さらに高くなる。
MRIはあなたを助けない
自分は問診も神経診察も苦手だから、画像診断に頼らざるを得ないと思う向きもあるかもしれない。しかし、残念ながらMRIはそんなあなたを助けてくれない。それどころか、頼りにしていたMRIに裏切られて(実はMRIに誤って依存した医者に非があるので、裏切りとの表現は、MRIには申し訳ないのだが)とんでもない誤診をする羽目になる。私は、神経内科医として、そんな人々をたくさん見てきた。
神経内科医は、しばしば意識障害患者について相談を受けるが,「昏睡の脳梗塞患者」の中に、しばしば敗血症、高炭酸ガス血症、低血糖、高カルシウム血症といった、緊急に治療が必要な疾患による意識障害が混じっている3)。このような重大な誤診は、意識障害患者を脳卒中と決めてかかった上に、画像上に有意な病変がないことをもって「脳梗塞」と診断したり、逆に意識障害とは無関係の陳旧性病変を意識障害の責任病像と考えたりすることによって生じる。
MRI信仰の背景にある人間不信
「日本では、訴訟予防のために止む無くMRIを撮っている面もある。医師の検査信仰もさることながら、患者の検査信仰の方が問題ではないか」という向きもあろう。しかし,
MRIが訴訟予防に役立っているとのエビデンスは無い.単位人口あたりのMRI台数では、日本が40台と飛びぬけて高く,第二位が医療訴訟大国である米国の26台、OECD諸国平均が10台,英国は5台となっている1)。MRI台数と医療訴訟件数には何の関連も無い。さらに、MRIに依存すれば、却って誤診の可能性が高まることは前述の通りである。
したがって,MRI信仰は医療訴訟の予防にはならない。逆に、医療訴訟の根底にある人間不信からMRI信仰が生まれている。丁寧に問診し,診察した結果,頭蓋内に器質性病変があるとは到底思えない状況でも患者がMRIを要求してくるのは、医師に対する不信感ゆえである。そのような不信感を抱く患者に対して、医師の側にも不信感が生じる。自分は適切な診療をしていても、目の前の患者が悪い結果を全て医療者側の責任にするのではないかという不信感から,患者の人間不信に迎合する道具としてMRIを使う。このような人間不信の応酬が、MRI信仰を生んでいる。
あなたの目の前にいる患者は敵ではない。最も頼りになるあなたの味方である。その証拠に、あなたはいつも自分の患者に助けてもらっている。問診は音声言語で,診察は非言語性メッセージで,それぞれどこが、どのように具合が悪いのか、患者から答えを教えてもらう作業である。教えてもらわなければ、あなたは商売ができない。だから、あなたを助けてくれるのは患者であって、MRIではない。
文献
1)
OECD Health Data 2007: Statistics and Indicators for 30 Countries, Paris,
OECD, 2007.
2) Chalela JA, Kidwell CS, Nentwich LM, et al. Magnetic resonance imaging and computed tomography in emergency assessment of patients with suspected acute stroke: a prospective comparison. Lancet 2007;369:293
3)
Ikeda M, Matsunaga T, Irabu N, et al. Using vital signs to diagnose impaired
consciousness: cross sectional observational study. BMJ. 2002;325:800