丸写しで何が悪い

レポート提出の際にWikipediaを丸写しするのは「けしからん」という奴がいる。馬鹿である。丸写しが気に入らないのならば、評価を低くすればいいだけだ。なのに丸写しが見抜けないものだから、自分のリテラシーの貧しさを棚に上げて「けしからん」と喚くだけの人間を馬鹿という。

問題とすべきは、Wikipediaを丸写しで済ませられるような課題しか出せない脳味噌の質の悪さだ。ネット上から目的とする文脈を確実に拾い出してくる学生のコンピュータリテラシーの成熟度は、むしろ賞賛されるべきであって、決して非難されるべきではない。

Wikipediaを丸写しを非難するだけしか能のない、質の悪い脳味噌を持った本人でさえ、PubMedでの検索の恩恵を大いに受けている。十数枚ものCDを使ってMEDLINEの文献検索ができるようになったのが1989年。それも二十万円近くしただろうか。だから1施設で1台のPC上で使わなくてはならず、予約表が一杯に埋まっていたものだった。さらにそれ以前は図書館で百科事典のような紙媒体のIndex Medicusをいちいち広げてハンドサーチしていた。気の遠くなるような作業だった。

ネット上のコンテンツのコピー&ペーストが創造力、思考力を奪うという主張は天に唾している。創造力、思考力を奪っているのは、コピー&ペーストで済むような課題をを設定する人間ではないか。

そう言われて悔しかったら、コピー&ペーストでは決して答えられない課題を考えてみろっての。それみろ、途方に暮れるだろう。創造力、思考力が欠けているのはあんた自身なんだよ。コピー&ペーストで済むような課題しか考えられないあんたに教えられる学生の不幸を考えろっての。

インターネットが普及してコンテンツがこれほど豊富になる前は、「物知り」が尊敬された時代があった。TVのクイズ番組も今よりもっと多くて、そこで優勝でもすれば、地域の有名人になったものだ。便利な時代になったものだ。知識を得るだけなら、ある程度のコンピュータリテラシーさえあれば、一瞬にして自分の知りたいことを調べられる。

しかし、私が学生だった30年前と同様に、物知りが尊敬されるべきだと考えている人、物知りを尊重する文化を守ろうとする組織も立派に残存している。一方で「最新医療」を表看板に掲げながら、店の中では、物知りを無形文化財として守ろうというのだ。

「昔と比べて、覚えることが物凄く増えて、大変だ」という無形文化財達の言葉に、私は同意しない。アルツハイマー病におけるアミロイドの研究で、これまでPubMedで検索できるだけでも9751の論文(2010/1/3現在)があるが、アルツハイマー病患者の診療で、アミロイドの知識が何の役にも立たないを知っていれば、そんな浮世離れした妄言は吐けないはずだ。

アルツハイマー病におけるアミロイドに興味があれば、調べればいいだけだ。臨床医たる者、「覚えておく」必要は全く無い。ただでさえ医療崩壊とやらで大騒ぎだ。そんなご時世に、患者家族を前にしてアミロイドの講釈を垂れている暇もあるまいに。

「学生のうちから学んでおくべきこと、やっておくべきことは何でしょうか?」そういう質問をよく受ける。しかし、若い人には、やりたいことがたくさんあるはずだ。だから、多分、彼らが知りたいのは、「やるべきこと」ではなく、「手を抜いてもいいこと、さぼってもいいこと」だろう。

優先順位は、やるべきことの選出によってではなく、やらなくてもいいことの発見によって形成される。

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