スウェーデンからの現地レポート
日本人医師が見たスウェーデンの新型コロナ対策 -カロリンスカ大学病院泌尿器外科・宮川絢子氏に聞く◆Vol.1 2020年6月10日 (水)配信聞き手・まとめ:高橋直純(m3.com編集部)
――スウェーデンの医療制度はどのようなものでしょうか。
(前半略)
エビデンスのない治療はされないので、家族や本人が望むからという理由で末期がんの患者さんに抗がん剤治療をするようなことは絶対ありません。通常から、予後の悪い患者さんは年齢にかかわらず、ICU治療を受けることはできません。今回のパンデミックでは、80歳以上や、70歳代でも腎不全などのリスクファクターがあるとICU適応ではないと判断をされます。私の職場であるカロリンスカ大学病院では、患者さんが入院してから24時間以内に、ICU入室の適応があるかどうかを決めて書面化しなければならないという内規が用意されました。
社会庁(※1)の規定ではICUに空床がある場合にはできる限り患者さんを受け入れることになっていますが、今回のパンデミックに伴い、ICUは満床でなくても入室基準は厳しくなっています。ほとんどの場合はその基準で正しいのだと思いますが、医師としては辛いものがあります。今回のパンデミックでICUに入った人の年齢分布では、90歳以上で1人、80歳代でも100人程度でした。ICU治療の適応とならない高齢者の中にも、自力で回復する人もいますが、不幸な転帰を取る場合は鎮静剤処置だけです。
――スウェーデンの新型コロナ対策を振り返っていただけますでしょうか。
3月上旬の時点は感染者も数人でしたが、2月頃からICUのベッドを増やす計画が立てられていました。カロリンスカ大学病院はスウェーデン最大の病院ですが、術後観察室をICUに改築するなどして、それ以前の約5倍の200床程度まで増床されています。ECMO用の病床も、通常は3床ですが、4倍程度に増床されました。また、一部の通常病棟を新型コロナ専用病棟にし、比較的軽症の患者用の入院ベッドも確保されました。それに伴って通常病棟のベッド数が減少したため、通常診療や通常手術は大幅に削減されました。
ストックホルム市内には5カ所ほどの大きな病院がありますが、新型コロナ患者は大学病院を中心に担当することになり、それ以外の疾患は新型コロナ患者を扱わない病院へ移動させたりする対応が取られました。例えば、乳がんの手術は全てストックホルム市内にある、新型コロナ感染者を扱わない私立病院へ委嘱しました。また、日本で言うところの幕張メッセのような大規模施設で、600床の野戦病院を造りましたが、そこまで患者が増えなかったので結局、使われなかったです。
新型コロナ感染者の治療にあたる医師については、希望者や各科の若手を中心に、事前に教育を行った上で配置換えを行いました。医師以外でも、医学生含め全国から5000人ほどボランティアを集めて、周辺サポートができるように教育していました。今回、ICUなどの最前線での診療行為につくことになった臨時スタッフには、220%の給与の支払いをすることになりました。航空会社のキャビンアテンダントは休職になりましたが、スカンジナビア航空では短期間で准看護師のような専門職になる教育をするといったことも行われ、国を挙げて、しっかりと準備をしていました。
――いつ頃から感染者が増えたのでしょうか。
スウェーデンにはスポーツ休暇週間と呼ばれる地域ごとの1週間の学校休暇期間があり、ストックホルムではそれが3月上旬でした。例年、今回感染が広まった北イタリアにスキーに行く人が多いです。同僚の何人かは感染を恐れて旅行を中止にしていましたが、政府からは移動制限を求めることはなく、結果として、数万人が北イタリアを訪れ、休暇明けに感染者が急激に増えてしまいました。そのことにより、感染経路の追跡調査を早期に諦めてしまい、PCR検査は入院が必要な人だけにすることになりました。
患者が最も多かった4月中旬では、カロリンスカ大学病院には約450人の新型コロナ患者が入院していて、約3分の1がICUに入っていました。地方でICUのキャパシティーがないところでは、20人単位で首都に患者を移送させるということも行われました。通常診療では大きな制限がありましたが、それでも通常病棟、ICU共に満床になることはなく、「医療崩壊」ではなかったと言えます。
――日常生活はいかがですか。
3月17日に高校・大学・成人学校(※2)は閉鎖してオンライン授業に切り替えるよう要請がありましたが、保育園・小学校・中学校はまだ平常どおり授業が行われてきました。法律で禁止されているのは「高齢者施設の訪問」と「50人以上の集会」だけで、「屋内外で他の人と距離を空けること」「パーティーや冠婚葬祭など人を多く集める機会を作らないこと」「スポーツ施設では更衣室で着替えないこと」「不要不急の旅行は避けること」は勧告にとどまっています。
デパートやレストランは営業を続けていましたが、リモートワークが進み、4月のうちは、街の人出は半分ぐらいだった印象です。70歳以上の方は自宅隔離するという方針でしたが、70歳以下でリスクファクターのない人はある程度、普通の生活を行っていました。
ソーシャルディスタンシングについてはスーパーでも、客同士の距離を取るように線が引かれるなど意識はされていました。公共バスは通常は前から乗って料金を払うのですが、運転手への感染を避けるために全部無料にして後ろから乗るようになりました。市内ではマスクをしている人は圧倒的に少ないですね。
医療現場でも、医療従事者が日常的にマスクをするということはなかったです。基本は個室なので、感染患者さんがいる部屋に入る時はPPEを使いますが、部屋の外でずっとしているということはなかったです。
――先生ご自身は新型コロナの患者対応を担当したのでしょうか。
基本的に私のような上級医は専門分野の通常診療を担当して、新型コロナ対応はしないようになっていました。ただ、一時は患者数も多かったため、多くの人が対応せざるを得なかったですし、ICUの患者さんで泌尿器科的な問題が生じた場合は往診していました。感染疑いの人にはPPEを着けて手術をしました。
――感染の恐怖はありましたか。
私自身についてはもともと医療者ですし、「感染したら感染したときのことだ」と考えていました。周りを見てもそう簡単には感染しないという感覚もありました。ただ、私の夫は脊損で車椅子生活をしており、リスクグループに属するとも言えるので、家族にうつすことは怖いですね。
※1 社会庁:社会保障・社会福祉制度を管轄するスウェーデンの行政機関
※2 公立成人学校:基礎学校や高等学校の教育を修了していない成人が、修了資格を取るための学校
宮川絢子
スウェーデン・カロリンスカ大学病院・泌尿器外科勤務。1989年慶應義塾大学医学部卒業。日本泌尿器科学会専門医、医学博士、カロリンスカ大学およびケンブリッジ大学でポスドク。2007年スウェーデン移住。スウェーデン人の夫との間に男女の双子がいる。
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