混合診療禁止の幻 (2000/7/11)

要約:混合診療禁止に明確な定義や法的根拠はなく,”特定療養費制度の反対解釈”と称して,大正十一年にできた健康保険法のもとで無理矢理禁止している.なぜかというと,国民皆保険制度(すなわち医療サービスの護送船団)を維持するために,自由競争につながる混合診療を禁止する必要があるからだ.

混合診療禁止に興味を持ったきっかけ
保険診療と保険外診療の混在,通称混合診療は原則禁止と信じられています.しかし,どれほどの医者がこの本質を知っているでしょうか.私は禁煙外来の問題(近頃,国立病院はお金のためなら何でもやらなくてはならないのです.臨床研究部生化学室長が禁煙外来をやるのです.)をきっかけに,混合診療の問題を調べていくうちに,たくさんの奇怪な伝説,迷信,健康保険行政の矛盾に突き当たりました.

混合診療禁止は黄金律のように思われていますが,その実は非常におかしな法解釈が頼りなのです.資料はネットと,日経メディカル99年9月号特集,”混合診療の禁止 そのホンネとタテマエ”です.

1.特定療養費制度の反対解釈:混合診療禁止は恣意的なこじつけ:
健康保険法ができた大正十一年は,国民の一部しか保険に入れない時代でした.国民皆保険はずっと後ですから,当時は自由診療が大部分で,ごく一部に保険診療が入るという混合診療が常識だったはずです.つまり,健康保険法は混合診療を大前提とした法律なのです.それを国民皆保険の時代に通用させて混合診療禁止を押し通そうというのですから,憲法第九条同様の恣意的なこじつけが必要となる,と私は推測しています.そのこじつけの産物が,”特定療養費制度の反対解釈”という理解に苦しむ論理なのです.

特定療養費とは,特別なサービス(高度先進医療,治験,時間外診療,一部の歯科診療など)に限って1割とか3割とかの自己負担分を越えて保険診療と一緒に徴収することを認めるということです.それまで自由診療だったサービスの中から,健康保険制度へ組み入れるものを選定したというだけで,決して,自由診療を認めないということではありませんし,自由診療と保険診療を同一来院時に行うことを規制したものでもないのです.自由診療と保険診療が同一日ではいけないとか,午前と午後ならいいとかいう規則は,どこを探しても見あたりません.混乱した現場から自然発生的出てきた迷信のように思えます.考えてみれば,混合診療禁止そのものがあいまいなのですから,混合診療を細かく定義することなどできないのです.

ましてや,歯科は混合診療してもいいけど医科はだめとか,午前と午後を別にすればいいとか,いや,別の日にしなくちゃいけないとか,カルテを別にすればいいとか,技術的な迷信は,法律や公の規則のどこを探しても出てこない.当然だろう,そもそも,定義さえないものに.詳細を決めることなどできないのだ.それとも後からこそっと局長通達などが出ているのでしょうか?役人がよく使う手だが,御存知の方は教えて下さい.

1984年という近年になってようやく混合診療禁止云々が言い出されたことも,混合診療を大前提として作られた健康保険法を国民皆保険制度の中でねじ曲げていくのが如何に困難だったかを示唆しているように思えます.武見太郎が指揮した保険医総辞退はちょうど保険制度の導入時期と一致しており,彼が厚生省と大立ち回りを演じたのもこのあたりが原因だったのではないかと推測しています.国民皆保険制度ができた1961年から特定療養費の反対解釈で混合診療がこじつけられた1984年まで,混合診療はどう扱われていたのか,歴史的に興味があるところですが,これまでの私の付け焼き刃の勉強では皆目見当が付きません.御存知の方はどうぞ教えて下さい.

2.”混合診療禁止”の本当の理由:
診療上当然生じる治療や検査,例えば糖尿病患者の自己血糖測定や注射器については、ある回数以上(ある本数以上)を支給すると、医療機関が請求できる診療報酬額を超えることがある.赤字を回避するため,この分の負担を患者に求めると,混合診療禁止違反として”指導”を受ける.99年9月号の日経”混合診療の禁止 そのホンネとタテマエと題して,済生会中央病院が混合診療で厚生省と都の指導を受けた記事が載っている.

何も保険診療の審査会がNEJMのEditorial Boardと同じレベルになってくれと言っているのではない.保険診療が医学的レベルへ追いついていないのは仕方がない.しかし,自分たちで勝手に保険適応を決めておいて,こちらがやむなく,保険適応の範囲外で患者さんに負担をしてもらって診療したら,保険適応を決めた側から,”幻の”混合診療禁止を理由に文句を言われるなんて,やくざの言いがかりに近い.まあ,厚生省がしばしば国立やくざとして振る舞うことは,組員の一人である私でなくても,みなさんよく御存知だろうが

そもそもの原因は保険適応の不備なのに,それを棚に上げて,”指導”もへったくれもないもんだ.現行の制度の不備きちんと患者に説明し,応分の負担を求めることのどこが悪いんだ.それこそ説明と同意ではないか.

・・・と,はじめはそう思ったのですが,問題はそんなに簡単ではないのです.

ではなぜこのようなこじつけを押し通してまで混合診療禁止を打ち出さなくてはならなかったのか?けんか太郎が本気になって喧嘩したのはなぜなのか?それは,混合診療は,国是としてきた国民皆保険による横並び医療サービスの崩壊,ひいては”貧乏人は死ね”という世界の出現を招く,そう恐れるからです.官僚も,そして我々も.

日経メディカル99年9月号を読むと,厚生省保険局医療課は,混合診療禁止の理由を,”実際には保険が効く診療を,保険が効かないと患者をだましてお金を巻き上げる悪徳医者が出てこないようにするため”としています.このような時代錯誤的なポーズは,官僚特有のおとぼけではないかと私は疑います.その実は,混合診療,患者個人個人にカスタマイズした診療,十分な説明と同意に基づく豊富なオプションを打ち出した自由競争を恐れているが,役人側から議論の火種を提供するのは嫌なので,とぼけているのではないかと思うのです.

さらに,そういう時代錯誤的イメージを楯に,保険医許認可という絶大な権限と医者に対する影響力を守るのが厚生省の意図ではないかと私は推測します.

このように,混合診療を正しく理解すれば,それはパンドラの箱であることがわかります.あなたはどうしますか?そのパンドラの箱から目をそらそうとするのか,蓋をこじ開けようとするのか,はたまた箱をネタに指導官と一戦構えるのか・・・

以下は,秋田県の勤務医の方とのやりとりから:

問:ニコチンパッチ、ガムや、インフルエンザ予防注射、バイアグラなど、当院でも、少しずつ自由診療を行っておりますが、患者に対して、国の指導だからということで、受診日を変えることを強いております。

私:これは誠に不合理なことで,患者サービスが声高に叫ばれているのですから,受診日やカルテを別にする必要も根拠も全くないと思います.もし,そうすることによって指導が入れば,それを逆手に取って反論し,混合診療の問題を社会問題として広く議論していくきっかけにすればいいと考えています.ちなみに,私は医事課が何を言おうと全く無視して(私のホームページを読んで勉強しろと言ってやっています),カルテも受診時間も同じにしています.指導が入ったらどこかで公開討論会でもしてやろうと手ぐすね引いて待っていますが,まだ何も言ってきません.

問:今後の厚生労働省の考え方として、とにかく医療財政破綻を防ぐために、医療費を削減することが一義的にあると思います。そしてそのためには、高齢者や軽症に対して保険診療を制限し、自由診療をゆるめる、すなわち混合診療を今後積極的に認めていくのではないかと私は推測していたのですが、違いますでしょうか。

私:私も厚生労働省職員の一人ですが,厚生労働省の基本政策がどう変わっていくかはわかりません.おそらく現時点でははっきりとした展望は持っていないでしょう.役人の常で,メディア,世論,医師会などの出方を見ながらおそるおそるということになると思います.

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