医学ジャーナリズム

内科専門医のメーリングリストへ以下の投稿をした.

先日,ワシントンDCにある読売新聞支局のscience and technology correspondentと 称する方から,診療中にいきなりお電話をいただきました.ネイチャー最新号掲載の 牛海綿状脳症関連の記事についてコメントがほしいとのことでした.

”新聞””電話取材”と聞いて,反射的に心窩部不快感を感じたのですが,ひとまず 辛抱して,診療中でもあるし,メールで改めてご用件をいただきたい由,アドレスと ともにお伝えしたところ,直ぐにコメント要求のメールをいただきました.

少し,調べものをしてからでないと,コメントできない.24時間ほしい.また,原稿 の中で私のcreditはどう扱われるのかと返信メールで尋ねたところ,原稿は今すぐ書 かなければならないので待てない.また,原稿の中で,誰がどうコメントしたか書く ことはできないとのことでしたので,結局,お断りしました.

science and technology correspondentと銘打った職種に就いている人さえ,電話取 材でつまみ食いの癖がついてしまっているのですから,困ったものです.以下,やり とりの中での抜粋です.無責任なつまみ食い(そして自分で勝手にレシピを変えて粗 悪品を売る)という報道被害に遭いそうになった時,丁重にお断りするために,お役 に立てば幸いです.

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私は医師として日々の仕事で,1)目の前にいる患者さんの診療が最優先であるこ と.2)短いコメントでも,根拠を明かにすること.3)文章として証拠を残し,発 言に対して責任を持つこと.の3点を重視しております.

電話取材をお断りしているのは,軽はずみな言動や行動を避けて危機管理を行うため であり,どこかの国の大臣や役人のような責任逃れや,”言った言わない”の馬鹿げ た争いを避けるための最低限の知恵でもあります.また,読者の生活や命を大切にす るためにも,マスメディアを通じての医学的見解の発表は慎重であるべきだと考えま す.そのための時間は意義ある投資と考えておりますので,ご理解いただきたく存じ ます.

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その後,イタリア在住の内科専門医とのやりとり

日本の医学関連の一般報道の程度の低さにいつも飽きれております。

1.サイエンスジャーナリズムの育成
イタリアではサイエンスジャーナリズムは育っていますか?日本には南欧や東欧の情報がほとんど入ってこないのでわからないんです.

日本にもサイエンスあるいは医学ジャーナリストの小さな集まりはあるのですが,大きな流れにはならない.どうしてかな?やはり真面目に書いた物が売れないからかな?

医者の側からサイエンスジャーナリズムを育てるために手助けできることは何かな?”駄目だ,バカだ”とばかり言っていては育つ物も育ちませんから.

先日の電話取材への回答にも,一流のサイエンスジャーナリストを目指して頑張って下さいとエールを送ってはおいたのですが・・・

医者の側から,メディアを通しての情報発信のお手本として,アトピービジネス(竹原和彦著文春新書No.111)をお薦めします.アトピー患者を食い物にする商売(メディアを通じた誤った情報を利用して繁殖した)に対して,臨床家の立場から冷静に反論,攻撃して,成果を上げた例です.著者は国立大学皮膚科教授という,極めて傷つきやすいポジションにあるにも関わらず,メディアの誤った情報と,それを利用するがりがり亡者に対して敢然と立ち向かう姿勢に感動を覚えます.このような医者を応援するジャーナリズムを大切に育てて行かなくてはならないと思います.

医療現場の過誤とか不良が問題になるのなら報道のそれも大いに取り上げるべきでしょう。昨今の錯誤報道は目に余るものがあるようですね。

2.報道被害の問題:報道被害の問題に関して,気楽に読める読み物として,下記をお薦めします.元TBS記者の下村健一さんの講演です

現在,法務省を中心にが,報道被害に対応すべく第三者機関による報道評議会を設けようとする動きがあります.組織としてのメディアは,新聞社,出版社,テレビ局ともに,総力をあげて,これを阻止しようとしています.この動きは,タバコ自動販売機を撤去しようとした青森県の寒村や,全席禁煙にした航空会社に対するたばこ産業軍団の嫌がらせ攻勢以上の,メディアにとって命がけの戦いです.

メディアは,新潟(ばかりじゃないんですが)県警と同じです.外部機関の介入を徹底的に拒否するのです.理由は”報道の自由を侵害する”.その自由とは,署名無し,acknowledgmentなし,つまみ食い,改変,憶測なんでもござれの自由というわけです.メディアは,外部の介入を許さず,間違っても謝る必要がないという意味で,最後の警察,記者は「ペンを持ったおまわりさん」というわけです.

また,従来,報道被害というと, 報道された人の人権問題が中心でしたが,そればかりではないということを,記者の 人たちにも理解してもらわなければいけません.

92年7月のニュースステーションで,久米 宏のコメントが,その後のアトピー性皮 膚炎の治療にまつわる混乱とアトピービジネスの繁殖を招いたように(前述の,竹原 和彦著,”アトピービジネス”に詳しい記載があります),医療報道の誤ちは,医療 そのものの誤ちよりもはるかに多くの人に被害を及ぼすということです.なのに当の ご本人は,お元気で毎日活躍なさっていますね.

医療過誤どころか,科学雑誌に間違った論文を載せても,研究者や医者は断罪される のに,マスメディアは書けば書きっぱなし,言えば言いっぱなしで,科学記事の内容 の誤ちで,責任をとって給料が減ったとか,辞めたとかいう話を聞いたことがありま せん.

書くことや喋ることを商売にしている人たちが,その商売の内容に責任を持たないの です.医療過誤ですって?そんな人たちに,我々の商売のやり方に文句を言ってもら いたくないもんです.サイエンスジャーナリズムが日本で未熟な原因も,こういう無責任を許していることにあるのだと思います.

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