実際の医療体験集

Sさん(女性)の場合;Sさんは勤め先を休職して語学研修をしたが,たまたま留学中に病気が見つかり,NHSの病院の救急受外来を受診し,その後プライベートの病院で手術した.貴重な体験談を語ってくれた.

NHSの病院の救急受外来を受診
私は夜急患として、あるNHS の病院連れていってもらいました。急患の入り口にも、受け付けがあり人が 6、7人並んでいました。私を病院につれていってくれたホストマザー(池田注;ホームステイのホストのこと)のチルトン夫人はとても 世術にたけた人で、こういう時も列のうしろに並んだりせず、看護婦さんが出入 りしているところにから、堂々と中にはいり中にいる一番偉そうな人 つかまえて、言葉たくみに私がどれだけ苦しがっているかと訴え、私はそのまま 処置室にいれてもらいました。大きな部屋を壁にそってカーテンで仕切った 緊急の処置室みたいなもが6つくらい?あり、それそれ人がねかされていまし た。でもこの部屋にねかされてから、またずいぶん長らくまたされ、病室に運ば れたのがそれから2時間くらいたってました。あのまま受け付けの列の一番後ろ に並んでいたら、診察うけるのにどのくらい時間がかかったのだろうかと おもいます。NHSは急患でもまたねばなりません。→池田コメント:救急外来の待ち時間について

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医師の拙い処置に驚く
ここで一番おどろいたのは、医師がアフリカ系の人が多かったことです。インド 系も何人かいました。私の病室では,英国人とおもわれる医師は数人しかみませんでした。 最初に病室で採血してくれたアフリカ人の若い医師は 私の両手の甲と肘の内側に何度も針をさし失敗し4箇所とも内出血してしまいま した。とくに両手の甲は色もさることながら大福1個のせたくらいに腫れ上が り、あとで見回りにきた看護婦さんが、、オー!マイガッー!!といって 氷をビニール袋にいれてもってきてのっけていってくれましたが、、寝ている私 の両手の甲に袋のっけていかれても、、、、その看護婦さんの連絡をうけて婦長 さんのような人がきた時もあらっまーー。。と絶句し、、すぐなおるから心配し ないで、、といってしばらく腫れ上がった手をさすってくれました。その内出血 のあとは毎日看護婦さんがかわるたび、みんな驚いていたので、、やっぱりあま り頻繁にはない失敗だったのだろうとおもいます、、。私は血管がほそいみたい で、日本で採血するときもよく看護婦さんにどこからとっていいかわからな い、、、といわれますが、、このように失敗したことは一度もありません。パリ で入院した時も採血の時何箇所か失敗して内出血しました。やはり日本人は器用なんでしょう ね、きっと。

最初の問診の時は、言葉がわからない人用に日本語でかかれた、質問の例文のコ ピーをもってきてくれました。日本語以外にもいろんな国の言葉でかかれたもの があるようです。

英国人の看護婦さんがこれからくる医師はアフリカ人なので、英語がききと りにくとおもうけど、わからなかったら私が説明してあげるから、と先にいいに きましたが、アフリカ人の英語のほうがそのへんの英国人よりわかりやすか ったです。でも、その質問の内容がそこまできくかーーーというくらいプライベ ートな内容まできいてきたのでびっくり!ここには書けませんが なんで、そんなこと答えなきゃいけないの、、、とおもいましたが、なんか 診療に必要なのだとおもって、さしさわりない程度にこたえました。→池田注;英国の医師の腕前について問診内容について

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部屋,食事,看護の待遇
部屋は6人部屋でしたが、広さは日本の6人部屋のきっと1.5倍以上はあると おもいます。最低限の設備ですが、あとの5人の人達がとても親切にしてくれ て、私がうなっていると看護婦さんをよんできてくれたり、(ここでも、ナース コールは使えなかった、、気弱な私、、)はげましてくれたり、お菓子くれた り、、プライベートの個室よりずっと快適でした。 テイーのワゴンが1日6回くらい部屋にまわってきて、一人一人にお茶の好みを きいておいていってくれます。朝起きてすぐ、朝食の時、10時、昼食の時、3 時、夕食の時、消灯前の8時、、、さすがにテイーの国です。これは感心しまし た。食事も、内容や食器などはプライベートと比べるべくもありませんが、 一応翌日のメニューは自分で選ぶことができます。ここでも、わたしはほとんど ものを食べませんでしたが、たべても噛まずに、切らずにたべれるようなものば かりでしたが、他の5人の人はなんの病気かしらないのですが、まあ朝からナイ フとフォークをカシャカシャ動かしてぱくぱくたべていました。日本人とイギリ ス人の体力の差でしょうか。。。でも日本人のほうが長生きなのにね、、、。。 部屋の設備の状況とか食事の内容とかくわしいことが必要でしたら、あのころの 日記にかいてあるので、またおしらせします。 トイレとシャワーは部屋の近くに一つあってそれを共同で使います。私は入院し た時寝間着を貸してもらってずっとそれをきていましたが、となりの人はここに はこばれてきたときのままのちょっと血のついたテイシャツをずっときてまし た。歯ブラシとかせっけんもほしいといってた人にはもってきてくれてたようで す。わたしはチルトン夫人がこまごましたものはもってきてくれたので なにももらっていないので、どこまでここで提供してくれるのかはちょっとわか りません。

でも、雑貨をのせたワゴンが一日一回病室にまわってくるので、そこでたいてい のものは買えます。新聞、雑誌、レターセット、ペン、こまごまいっぱい売って ました。プライベートの病院には売店もなかったので、ちょっとしたものペンと かテッシューとかいちいち人にたのんでかってきてもらうのは不便でしたが、こ この病院はワゴンのおじさんが毎日来て、あれこれ、病院の中のことなんかはな していくので、おもしろかったです。

看護婦さんは一人とてもこわい人がいました。私は窓側のベッドだったのです が、毎日雨で寒かったので、窓をしめてほしいとたのんだのですが、フレッシュ エアーをいれなきゃいけないとかいってしめてくれず、雨はふきこんでくるわ、 寒いわ、、でじっっと耐えていましたが、もう一人の窓側のベッドの 英国人のおばさんもこんな雨でさむいのに、夜窓をあけてままにしておくな んて、、、とぶつぶついっていたので、じっとたえていたのは私だけではなかっ たようですが、、。でも、あれから半年たって、覚えているのはそのこわい看護婦さんだけです。

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命はお金で買う
私はここに4日いましたが、無料でした。保険金など払ってないのに、、。 英国は寛大な国だとおもいます。こんなことしてるから、NHS制度があぶな くなってるんじゃないだろうか。。。私はここに1年以上すんだあと、GP(バン グラデシュ人です、、そういえばここのGPオフィスの医師も英国人じゃない 人が多い、、、)を選び、手続きしてNHS に加入しましたが、加入してない日本 人の男子学生がやはり急病で入院し手術したけど無料だったといってました。。 英語学校の先生が、身体の具合が悪かったら、道の真ん中で倒れなさい。そした らだれかが救急車よんでくれて、病院につれていってくれるから、、ここではそ れが一番はやくて、安い方法よ!と生徒におしえていましたが、案外 それが一番ただしい方法かもしれません。。 私もホストファザーのチルトン氏は、心臓のバイパスの手術を1年以上まってい る間に昨年7月発作をおこしてなくなりました。プライベートでやれば 8000から10000ポンドするらしいので、NHSの無料の手術を 待っていました。夫人はお金をだして、手術をしていれば、、、とよくいまでも いいますが、、むずかしい選択です。だれも自分の死期を知っている人はいない ですものね。

私の手術もはやくしたほうがいいが、NHSだと4、5か月くらい(そういわれた ら最低半年以上ということだ、、、とチルトン夫人にいわれた)またなければい けないだろう、、といわれました。他に、同じ病気でまってる人がたくさんいる に,外国人のお金もはらっていない私に同じ権利をくれるなんて、、、、とても申し 訳なくおもいました。でも、プライベートでやってくれといったら、来週にも、といわれたときはちょっと、あ然としましたけど、、、命はお金で買えること もあるかもしれない、、、とおもいました、、とくにこんな制度だとはっきりし てますよね。

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プライベートの病院の部屋と食事
病室は個室で、バストイレ、電話、テレビ、ルームサービスつきのホテルな みの設備でした。看護婦さんは、この病室を1人で4、5室担当しているようで した。1日3人くらい人がかわりました。

食事は前日に、翌日のメニューがくばられてきて、自分で選びます。内容は1流 レストランなみの味付け、盛り付けでしたが、私はほとんど食べられませんでし た。私がなにも食べないので、シェフが病室にきて、食べられるものをいってく れ、つくってあげるから、、といってくれたので、お米がたべたい。。といった ら、、ふーーん、、ライスか、、と考えこんだので、リゾットのようなものをつ くってくれ、、とたのんでつくってもらいました。お粥かおじやに 一番ちかいような気がしたので、

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プライベートの看護婦,医者
看護婦さんは、一人とてもやさしい人がいましたが、1人とてもこわい人もいま した。私は日本で入院したことがないので、比べようがないのですが、、 たとえば、血液の循環をよくするためのゴムの靴下をはかされていました。 ゴムにかぶれて下半身がまっか。。になっていたのに、看護婦さんたちは それを見てもあら、、ひどくかぶれているわねーーというだけで、そのままでし た。2、3日して、かゆくてたまらなくなったのでなんとかしてくれーーと いったら、薬をもてきましょう!といってもってきてくれたのが3人めの看護婦 さんで、靴下も、かぶれがそうとうひどくなって自分でぬいだのですが、 それを見てはいとかなきゃだめよ!といわれ、かゆくてたまらない!とかぶれを みせると、あら、、それじゃしかたないわね、、じゃあいいわ、、ということで した。

とにかく、自分で意志表示しないと、むこうのほうから、あれこれきいてくると か、やってくれるということは、あんまりなかったです。私は最初はナースコー ルも呼びつけるのは悪いよーな気がして、用事があっても、看護婦さんが 病室に様子をみにくるまで、ずっとまっていたりしたのですが、、ここが日本人 的ですよね。 

医師はここの病院を借りて患者をみているので、この病院に勤めているわけでは ないようで、自分の勤めるNHS の病院への出勤途中にここに立ち寄り 自分の患者の様子をみていくといった具合でした。彼は毎月1回、ここの病院で 手術するらしく、私と同じ日にあと2人おなじ医師が手術しました。 1週間の入院中、いつも朝7時半ごろ病室にきて、5分ほどいてでていきまし た。体調をきき、傷口をみて、さっとでていくので、質問したり、説明したり してくれる時間はなかったです。病院に常時いないので、ととえば、前出のかぶ れの薬など、看護婦さんの意志ではだせなかったのかもしれません。なにかある と、電話で担当医師に連絡をとり指示をまっていました。

手術後の筋肉をもどすための運動を助けてくれる人?なんとかセラピスト? (池田注;physical therapist.理学療法士)は毎日病室にくるのですが、いつも私がねてる時で、あらっ寝てるわ、、じゃ あ、きょうはいいわね、、といってでていき、結局エクササイズの仕方を教えて くれたのは1回?だけだったような気がしますが、請求書の中のその料金をみ て、憤慨しました。。。

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術後管理;日英の差に驚く
一番驚いたのは、手術後2日めに、お風呂にはいれといわれたことです。 バスタブにバスジェルいれてお湯をはり、あわだらけになったお風呂に 傷口が痛くて起き上がるのもやっとの状態ではいらされました。気分がすっきり するから。。といわれましたが、、まだ針金のような糸はついているしぬいめは あかく腫れているし、ガーゼをつけたまま、看護婦さんにささえられて よろよろはいり、あわをつけたままでてきてぬれたガーゼはどーするんだろうと ナースコールで看護婦さんをよんだら、あら、そーね、といってべっしと はがしあたらしいガーゼを傷口にばっしとはっていきました。。。傷口は あわがついてぬれたままでした。これ手術の2日後のことです。素人のわたし は、雑菌だらけのお風呂で感染するのではないかと、とても心配でした、、が いま、なんともないので、べつにあれでも心配ないのですね。

手術の翌日、病室を換えるからといって、麻酔がまだきいていてうつらうつら 寝ているわたしのベッドの上に私の荷物を全部のせて、ベッドごと引っ越しした のもおどろきました。私は日本では入院も手術もしたことがないので、比較の基準がないのでなんとも いえませんが、まったく無料のNHSの病院と人的なサービスはあまりかわらない ような気がします。(→池田コメント日英の治療方針の差について

これは、私の主観ですが、基本的に英国人は人に奉仕するということに、む いてないのではないかとおもいます。もちろん個人差はありますが、某日系航空会社採用の英国人乗務員もあまりサービス業にむいているとはおも えない。。というのが一般の意見です。ですから、アイルランド人とか、イタリ ア、フランス系の人をおおく採用するのもうなずけます。

ただ、看護婦さんなんかは、ナイチンゲールのように勇気のある正義感の強い 人がいたりするのでなんともいえませんが、、 でも、私はやさしい看護婦さんがすき。。。

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プライベートの費用と保険
私の入院期間は1週間でしたが、こちらの人はあまり病院に長居しないようで、 同じ日に手術した人の中で私が一番ながかったです。だって、高いですもんねー 入院費。費用は最初3000ポンドちょっとの請求書がきて、立て替え払いし、保険請求 等の手続きがすべておわった、2月末再度758ポンドの請求書がきました。費 用はこれで全部ですね!と昨年末何度も確認したあとのできごとです。

ここの病院はとってもスノッブな感じのえらく気取った病院だったのですが、 事務処理は最低最悪の質でした。病院のミスで何度無駄足をはこばされたかわか りません。私はホストマザーのチルトン夫人がいつも一緒にきてくれて、交渉し てくれたのですが、ほんとに。。。もう。。。無能。。。といってしまってはも うしわけないのですが、、ここにはちょっとかききれないくらい、びっくりする ような、初歩的なミスがつづき、チルトン夫人は最後は、会計の責任者のところ まで、どなりこんでいきました。

私は留学休職しておりますが、健康保険料等は2年間分払っており、会社の 健康保険が使えます。私の会社は海外での医療費もカバーしてくれるので 現地で、自分で立て替え払いし、後日健保のほうに請求しました。個人負担が 2割なので、8割もどってきました。

あと、私のもっていたビザカードの海外旅行保険もおりたので、費用の全額 もどってきました。ただ、これは、とてもラッキーなことに、夏休みで日本に帰 国し、こちらにもどってきたのが、7月末、、入院が10月中旬で日本を出国し て3か月以内。。という条件にぎりぎりはいっていました。それに、日本でその 病気をもっていなかった。。英国で発病したという、医師の診断書も必要で した、。これも、偶然なのですが、帰国していた時、健康診断をしてもらってい たのがそのあとの、書類提出の時役にたちました。カードの保険はまったくの、 たなぼた、、でした。日本出国後3か月いないで、出国前に医師 がその病気をもっていないと証明している、、、」などというきびしい条件を 1年半ここに住んでいるものが、満たせるわけないのですが、、わたしは ちゃっかり、満たしてしまい、だめもとで電話してきいてみたらオーケーでし た。

池田注:カードに付帯している海外旅行保険は期間延長で一年あるいはそれ以上の加入も可能である.割安なので,利用をお薦めする.詳しくは,滞在中の保険を考えるをご覧下さい.

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池田コメント

救急外来での待ち時間について:救急車でどんなに早く搬入されても、生命に関わるような状態でなければ診察が後回しにされる.これは,待合いの順番よりも病態の緊急度,重症度を優先するからだ.痛くてたまらない上腕骨の骨折の患者の後に,痛みがなくても重症の臓器損傷を伴う骨盤骨折の患者がやってくれば,上腕骨骨折の患者はほっぽり出されるというわけだ.純粋に医学の立場から言えば当然のことなのだが,骨折で痛い本人は辛い.

待ちたくなかったら日本語で大声(これが大切)で”ばかたれ,俺は痛みで死にそうなんだ.早く治してくれ”と何度も叫ぶことです.びっくりして誰かが飛んできます.イタリアとかフランスとちがって,英国では公衆の面前で感情をむき出しにしても得をする場面は少ないのですが,救急室(ERはアメリカ式.英国ではCasualtyあるいはA&Eと呼びます)だけは別です.

英国の医師の腕前について:英国の医師が発表する臨床の論文の質から判断すると,彼らの腕前の平均的な水準は,日本よりも上だろう.しかし,それはあくまで平均値の比較であって,どちらの国でも個々の医者の腕前はピンからキリまである.Sさんの処置をした医師は拙い採血をした後,抑えて止血をするという最も基本的な手技を怠ったのだ.これは知識とか技術以前の問題で,医師の資格はないに等しい.

英国以外の国で教育を受けた医師を受け入れるOversea Doctors Training Schemeという制度がある.大英帝国の罪滅ぼしの一環として,かつての植民地の医師の教育に貢献しようというのであろう.これは推測だが,英国以外で,質の劣る教育,訓練を受けた医師がTeaching Hospital(医者の教育を行う病院)で救急医療の訓練を受けている可能性がある.

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問診内容について:ここまで質問するのはわけがあります.性行動(相手は単数か,複数か,不特定多数か,heterosexual/homosexual/bisexualなど),避妊法 (contraception),妊娠 (pregnancy),出産 (delivery)といった病歴は,AIDS or HIV (human immunodeficiency virusヒト免疫不全ウイルス)感染をはじめとする性行為感染症 (STD:Sexually transmitted disease)や,子宮外妊娠,卵管炎腹膜炎といった非常に重要な病気と関係するので,かなり立ち入ったことも聞かなくてはならないことがあるのです.

術後安静における日英の医療の差について;Sさんがストッキングをはかされたり,術後すぐに歩かされて風呂に入れられたりしたのには訳がある.ストッキングは,術後寝てばかりいると足の静脈の流れが悪くなって血の塊が出来る(下肢静脈血栓症)を防ぐためだ.この大きな血の塊は,肺の血管に詰まって(肺塞栓)死亡することがある.手術後早期に起こして歩かせるのも風呂に入れるのも,足の静脈の流れを良くして下肢静脈血栓症を防ぐためだ.下肢静脈血栓症の危険性には人種差,性差があり,一番危ないのは白人のでっぷり太ったおばさんだ.日本人は白人よりもずっと下肢静脈血栓症を起こしにくいので,術後の患者を躍起になってベッドから追い立てる施設は日本ではまだ少ない.

→日本と英国における医療のいくつかの相違点

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プライベートかNHSか
NHS改革が打ち出された直後の1990年だったろうか,あるテレビ番組でNHS改革を揶揄する場面があった.病院での起床時間に,NHSの患者はバケツの水を浴びせられて起こされるのに対し,プライベートの患者は看護婦のやさしいキスと抱擁で目を覚ますのである.

プライベートと聞くと,ホテル並みの部屋と食事とサービスを想像するが,現実はかならずしもそうではないようだ.Sさんの体験でも,確かに食事のメニューの選択,個室,電話,ルームサービスなど,設備,制度面では充実しているように見える.しかし,医療で最も大切な人間対人間のサービスを充実させるためには,資金も人手も不足しているようだ.

看護婦の対応にはどこの国でも個人差があるし,また,英国独自の国民性,すなわち,こちらから強く訴えないと何も取り合ってくれないとか,自分でできることは極力自分でとかいった傾向もあるので,日本とは単純にサービスの優劣を比較はできないだろう. しかし,いくら予定手術で術後安定し,ごちゃごちゃ言わないおとなしい患者だからといって,一日5分の診察で全て済まされては,患者の方もたまったものではない.何のために高いプライベートの費用を払ったのだろうか.たかがかゆみ止めを出すためにいちいち電話で指示を仰がなければならないという,融通のなさも大きな問題だ.外部の医師が,その病院をただ単に手術をする施設として利用する場合の問題点が浮き彫りにされた形だ.自分の受け持ち患者,自分のお客さんという意識が希薄になるのだ.

病み上がりで食欲もないのだから,食事なんかどうでもいい.辛いという訴えをじっくり聞いて,痛いところをよく診てもらいたいというのが,Sさんの率直な気持ちだっただろう.患者の訴えをよく聞いてそれに対して適切な対策を講じるというのは,どこの国,いつの時代でも,医療サービスの基本である.Sさんの体験では,高いお金を払ったプライベートでも,無料のNHSでも,その基本の質はほとんど変わらなかったようだ.

少なくともSさんの体験では,プライベートというのは,プライベート保険の加入者の払う金がNHSの赤字を補填するだけであって,サービスの向上には全然貢献していないと考えられる.

お客様がちやほやされる日本と違って,英国の商店の素気なさ,売ってやるという店員の態度には多くの日本人が文句を言う.そもそも商売っ気のない人間が,いくらプライベートの診療をやっても,すぐさまサービスが向上するとは思えない.英国の医療の現実は,民営化,自由競争がサービス向上の特効薬とは限らないことを物語っている.

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