コレステロール村

ACC/AHAは、NIHと共同で動脈硬化性心血管疾患(ASCVD: Atherosclerotic Cardiovascular Disease)のリスクを減少させるための脂質異常症治療に関するガイドラインを2013年11月に発表した。ACC/AHAガイドラインは、脂質異常症に関する3つのcritical questionsに対する回答の形で作成されており、質の高いRandomized Controlled Trial (RCT)とメタアナリシスのみを系統的に査読し作成されている。
その結論は以下の通りである。

1.スタチンは動脈硬化性心血管疾患の発症リスクを有意に減少させるので、高リスクの症例においてはLDL-C 値にかかわらず,高容量のスタチン服薬を推奨する。
(1) ASCVDを有する患者(二次予防)
(2) LDL-Cが190mg/dL以上の患者(一次予防)
(3) LDL-Cが70-189mg/dLの糖尿病患者(40-75歳)(一次予防)
(4) LDL-Cが70-189mg/dLで今後10年間のASCVD発症リスクが7.5%以上の患者(10年のASCVD発症リスク はPooled Cohort Equationsによる)。
2.スタチン以外の薬剤によるリスク低下のエビデンスはない
3.LDL-Cやnon-HDL-Cの治療目標値を設定できるようなエビデンスはない。

ACC/AHAガイドラインは、「いくら数字を変えたところで、リスクを低下させなければ薬の意味は無い」という、「患者に寄り添う医療」に基づいている。心筋梗塞、狭心症、脳卒中の既往がなく、糖尿病もなく、血圧も高くなく、タバコも吸わない、ただ「LDLコレステロールが高い」というだけでは、スタチンを飲む必要は無い、そういう極めて単純明快なガイドラインになっている。ただし、このPooled Cohort Equationsによれば、私の10年以内の動脈硬化性イベント発症率は8.4%という滅茶苦茶高い数字が出てくる。

一方、日本動脈硬化学会はACC/AHAが用いたよりもRCTやメタアナリシスよりもはるかにエビデンスレベルの低い、観察研究、フォローアップ期間の短いRCTやサブ解析を縦横無尽に駆使して(ただし、高コレステロールと死亡の関連が認められなかった一方で、低コレステロールは死亡と関連していたことを証明した下記の良質なコホート研究を除く)、ACC/AHAガイドラインを批判し(ACC/AHAガイドラインに対する日本動脈硬化学会の見解)、独自のガイドラインを設定している。
Nago N,Ishikawa S, Goto T, Kayaba K. Low Cholesterol is Associated With Mortality From Stroke, Heart Disease, and Cancer: The Jichi Medical School Cohort Study. J Epidemiol. 2011; 21(1): 67–74. 要約:高コレステロールと死亡の関連が認められなかった一方で、低コレステロールは死亡と関連していた。特に女性では、総コレステロール200~240mg/dlの集団と240mg/dl以上の集団は、160~200mg/dlの集団より死亡リスクが低い

日本動脈硬化学会のガイドラインはネット上で公開されていない、つまり、「ありがたいガイドラインなんだから欲しい奴は金を出して買え。ありがたさがわからない不信心な奴には用は無い」と宣言している、非常に奇妙なガイドラインである。私のような不信心な人間が漏れ聞くところに拠れば、その管理目標値は右の表のようになっているようなのだが、この表がまた奇妙である。

下手に(!)管理目標値などを設定しているものだから、肝心の二次予防でも、LDL-Cが100未満ならばスタチンは飲まなくてもいいことになってしまう。二次予防こそが、最も有効性を発揮できる集団ではなかったのか?一体何のために、エビデンスレベルの低い研究結果を寄せ集めてガイドラインを作ったのだろうか?


10年以内の動脈硬化性イベント発症率がPooled Cohort Equationsによれば8.4%、日本の「吹田リスク」計算式によれば2.6%で「中リスク」である私の場合でも、LDL-C自体は110なのだから、これもスタチンを飲む必要が無い。それはそれでいいのだが、実は吹田リスクの計算式の中には、LDL-Cが入っている。LDL-Cの管理目標を設定するためのスコアにLDL-Cが入っている!?、生物統計の基礎コース落第点確実のガイドラインである。

動脈硬化学会が喧嘩を売っているのは、 ACC/AHAだけではない。日本人間ドック学会に対しても、敢然として闘いを挑んでいる。

健康診断の「基準値ありき」にモノ申す 学会間の論争は、本質が抜け落ちていないか(東洋経済オンライン)
人間ドックが仕掛けた「コレステロール戦争」あなたの基準値は緩和されたのか(Wedge編集部)

しかし、動脈硬化学会からは名郷直樹先生が呈示したエビデンス以上の研究成果は一切出て来ていないように思えるのだが、どうだろうか?えっ、MEGA Studyがあるって??「ディオバン事件の悪夢よもう一度」っていうわけ??えっ、添付文書に載せた張本人の厚労省が刑事告発ができるわけないから、MEGA Studyは絶対にKyoto Heartの二の舞にはならないし、そもそも時効だから、何を言っても大丈夫だって?
 さすが、何事にも先達はあらまほしきことなれですなあ。

二条河原へ戻る
目次へ戻る