借りたら返す

(主文は2004/6/10公開)
先日,市中肺炎について勉強すべく,診療ガイドラインを読もうと思って日本呼吸器学会のホームページに行ったら,会員しか読めないという,会員以外 は,紙に印刷したものを金で買えという.日本呼吸器学会は,自分達が社会に対して何の貢献もできないということを大いに宣伝したいらしい.多くの呼吸器内 科医が馬鹿にしている神経内科医の学会さえ,診療ガイドラインを誰にでも公開している.神経内科よりも患者さんの役に立っていると自負する呼吸器科の医者 が,治りもしない神経変性疾患よりもはるかに必要性の肺炎の診療ガイドラインに自信がないわけがない.なのに,なぜ公開できないのか.診療ガイドラインの ような公共性の高い資料は,公開しなければ意味がない.公開して,様々な分野の人に利用してもらって,ユーザーの声を聞き,より良いものになるように改訂 していくのが,本来の姿である.

医者が患者さんからいただきものをしてはならないと言われるが,実は,私は,そしてあなたも,しょっちゅういただきものをしている.それ は,医者が患者さんとの命のやりとりを通して得た知識,技術である.いただきものをしたらお返ししなくてはならない.お返しの仕方は決まっている.自分の 臨床能力を高めて,次の診療に生かすことだ.患者さんは,目の前の医者が世界最高ではないことを心得ている.しかし,自分のために最善を尽くしてくれてい ると信じている.そして,患者さんは,たとえ自分が病に斃れることがあっても,自分が医者に与えたものを,自分以外の患者さんにも役に立ててもらいたいと 願っている.

だから,私は自分のホームページを持っている.診療を通して,患者さんから貰った知識や技術を世の中に公開し,誰彼となく批判を受けるこ とによって,自分の臨床能力を高める一助にしたいと思っている.患者さんにはたくさんの借りがある,それを少しでも返したいと思いつづけることが,最低限 の医者の義務だと思っている.症例報告にはそういう意味もある.

臨床の知識,技術は,芸術作品や発明とは違う.独創性など要らない.特許で保護する必要もない.逆にあまねく公開し,共有することによっ て質を高めていくものだ.だから,公開・共有に対する物理的,経済的な障害も極力低くしなければならない.そのためには,ネット上での公開は,非常に効果 的である.医学教科書の類は,原則無料にすべきだと思っている.だから,私は,筋病理のアトラス身体所見の画像アトラスもただで公開している.これらはすべて患者さんからのいただきものだ.

日本呼吸器学会員は,自分達の診療ガイドラインは自分達が作ったから,どういう形で公開するかは,自分達の勝手だと,子供じみた思い込みをしている のだろうか?診療ガイドラインのような公共性の高い資源ほど,多くの患者さんが貢献していることを忘れてはならない.

呼吸器学会にばかり説教しては不公平になる.ものをもらったらお礼を言う,お返しをするという大人の礼儀を知らない学会は呼吸器学会ばかりではな い.そういう学会に金だけ取られて黙っているあなたも,立派な子供の仲間入りというわけだ.

Ann Intern Medは掲載論文について,一般市民向けにわかりやすい要約をウェブ上で公開している.臨床への理解を深め,学術論文の成果を一般社会で利用してもらうた めである.日本の学会は,日本語の雑誌を誰も読まない欧文誌にする前に.もっとやることがあるだろう.こういう,地道だがすぐできることをなぜやらないの か.一般市民の利益を考えていないと思われても仕方あるまい.病気の解説なんかは,メルクマニュアル日本語版にもっとましなことが書いてあるから,そんな ものは要らないんだ.

医学教科書のまえがきには,しばしば,自分の家族や師匠の名前を挙げて,そういった人々にこの本を捧げる云々と長ったらしく口上が述べられている が,Jose Biller Iatrogenic Neurologyのまえがきには,たった一言,”To our patients”とあるのだよ.

参考サイト→我 が師はリチャード・ストールマン

追記
2004年6月10日にこのコラムの掲載して、それから1年半たっが2005年11月4日付けで,申し訳程度に市中肺炎ガイドラインが呼吸器学会ホームページ上で公開された.しかし,呼吸器学 会のその他のガイドラインは公開されていない.馬鹿じゃなかろか.なぜ,市中肺炎ガイドラインだけ公開なのか,説明が全くない.

と,文句を言ったら,各学会の作ったガイドラインは
Minds
で、一般公開されていると教えていただいた。ただし、呼吸器学会のほとんどのガイドラインや、動脈硬化学会の高脂血症ガイドラインなど、ここにも掲載され ていない学会製ガイドラインが数多くある.

また、これまたようやく2007年3月13日になって、日本循環器学会がガイドラインを公開した。公開したのは褒めてあげるけど、なんでまあ、私に言われてから3年近くもたって公開に漕ぎ着けるのかねえ。世話の焼けること。

そもそも,”厚生労働科学研究費補助金により試験公開中”てえのは情けない話だ.自分のところで作った品 物が,恥ずかしくて自分の店先に並べられないってんだから.

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