外科の教育


神田橋宏治先生から転載許可をいただいた.

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● 胃癌の診療においてわが国は世界一であるということ。アメリカとは比較になら
ないこと。 これを主に手術の面から述べる。

【リンパ節郭清】
基本的に日本の胃癌の長期成績がいいのは、世界が認めるところ。その理由が何かと
 いう点で色々な仮説があった。

胃癌の手術でリンパ節郭清というのを行う。胃の周りのリンパ節を少ししか取らない
 のがD1,沢山とるのがD2。
欧米ではほとんどこのD2を行っていない。沢山とるほうが、がん細胞を全部取りきれ
る可能性が高くなるかもしれないが、その分合併症が多くなるというのだ。
日本はD2郭清を標準プロトコールとしている。
この郭清の差こそ日本の胃癌治療がいい理由ではないかと1990年代にヨーロッパで2
つの大きなRCTが行わ れた。 (Lancet 345;745-8, 1995. Lancet 347:995-9, 1996)

その結果両試験とも、D1郭清に術死が5%、D2が10-13%であり、5年生存率は30%強と変
わらなかった。 つまり、高い術死亡と合併症がその後のメリットを打ち消してしまった形となった。

日本人の消化器外科医からするとこの数字はびっくりである。
というのは本邦でのD2郭清の術死は2%以下。JCOGのD2対D3(D2よりさらに広くとる)
の試験に到っては両群とも 1%以下であるから。これはあいつら手術が下手なんだろ
うと言う訳です。

勿論、欧米人は肥満が多い等の理由で術死が増えるということもありえる。
実際がんセンターの笹子が上述の試験のためオランダに指導に行き、自らD2郭清を
行ったときの術死が3%と言われている。
(Medical tribune 32:20, 1999)
これは、確かに日本では見られない高率だが、それでもオランダ現地の医者のD1手術
の術死5%よりさらに低い。従って、単に日欧の差を体質や病気の性質の差だけに還元
するのは無理。

実際スローンケタリングでは日本に学び、おいつけ、追い越せの精神でD2郭清をルー
 チンに行うことにし、 D2での術死を3%、その他のsurvivalもほぼわが国に匹敵するレベルまで持ってきている(Cancer 89:2237-46, 2000)

日本はその他、診断面や内視鏡などでも様々な貢献をしており、スローンケタリング
のボスであるBrennanは次のように述べている(Gastric Cancer 8:64-70, 2005) In the last three decades, considerable progress has been made in the diagnosis and management of gastric cancer.This was initiated by the Japanese and taken up by other focus groups in Asia, the United States, and Europe

【キンテン化】
キンテン化の文脈で言うと、日本のマスコミの報道ではアメリカの病院は大きくて手
術も沢山やっており、ほとんどの患者がそういったセンターで高度な医療を受けてい
るように感じら れる。
ところが(NEJM 346:1128-37, 2002)によると、胃癌の切除を受ける患者の4割は年間
たった8例以下の手術しかやっていない病院で手術を受けている。一つには胃癌自体
が少ないということもあるが、肺癌でも17例以下、大腸がんでも56例以下の施設で手
術を受ける人が4割を占める。
これは心臓のバイパス術においては、6割が年間350例以上の手術を行っている病院で
受けるのと比較すると、大きな差がある。
 

その結果手術死亡が、胃切除の場合症例数の多いところでも9%、少ないところだと平
均13%にも達する。 (ほとんどは、より浸襲の少ないD1郭清であることに注意)、ち
なみに日本のD2郭清 の死亡率は1-2%程度である。症例の多い大腸がんでさえアメリ
カでは5〜7%が手術で死亡する。
手術死亡や、長期成績は年間の手術数が大きいほどよくなる傾向が示されており、
「アメリカでは少ししか手術を行わない多くの病院で大腸がんの手術は行われている
(JAMA 284:3028-5, 2000)」と言われる所以となっている。
この事情はわが国において、「症例数の少ない病院が多い(特に心臓外科で)」とい
われるのと全く類似している。

【まとめ】

まとめると、胃癌においてはアメリカには年間数十例のD2切除を行い、術死を3%程度
に抑える病院から年間数例の胃切除、それも日本では不十分とされるD1郭清とまりで
13%もの術死を生み出す施設まで多種の施設があり、後者で手術を受ける患者が多
い。つまりキンテン化など全くできていない。
一方日本の成績は多少のばらつきはあるが、ここまでの差はなく、しかも単純な成績
では日本の病院はどこもアメリカのトップクラスの病院と匹敵するといってよい

【おまけ】
こういうのは、日本がRCTという形で世界にアピールするということをしていないの
が大きい気がする。
現場は粛々と技術を磨き、改良する。有用なものができるが、なかなか世界中が認め
る試験が組まれることはない。欧米で試験をやると否定的なデータばかりが揃ってし
まい、「あいつらは下手糞だからな」と言いながらこっちはこっちで日常の業務に励
む。肝細胞癌に対するTAEとか、肝転移に対する肝動注なんかもその仲間かと。
抗がん剤で言うと、本邦で開発されたTS-1なんていうのは画期的な薬で、胃癌に5割
効 く。単純な奏効率ではずば抜けて高い薬であり、しかも経口薬であるため経済的
にもQOLの面でもメリットが大きい。
日本では認可されて6年目だけどアメリカではまだまだ。
一世代前の経口5FU剤UFTを認めるべきかどうかという議論段階だったりする(最近
それなりの有用性を示す試験結果が出だした:JCO 20:3617-27, 2002, NEJM
22:1713-21, 2004)。
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以下,私のコメント
> 現場は粛々と技術を磨き、改良する。有用なものができるが、なかなか世界中が認
める試験が組まれることはない。欧米で試験をやると否定的なデータばかりが揃って
しまい、「あいつらは下手糞だからな」と言いながらこっちはこっちで日常の業務に
励む。

これが,fairでないのです.それだけの技術を持っていたら,教えてあげなくては,
意地悪というものです.

> 実際がんセンターの笹子が上述の試験のためオランダに指導に行き、自らD2郭清
を行ったときの術死が3%と言われている。

こういう教育活動を,どんどんしていかなくては.日本の大きな病院の管理職になっ
て虐待を受けるより,海外で教育活動をやった方がよほど気持ちがいいでしょうに.
(特別にどなたかを当てこすっているのではないことは,この種の虐待があまりにも
普遍的であることからご理解いただけると存じます)

外科ばかりでなく,内科でも同じことですね.また,あえて海外を意識することもな
い.国内でも教育活動(そして教育を通して自分も伸びていける)の場はたくさんあ
りますし,教育に飢えている人々もたくさんいます.

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