東海大学医学部循環器内科 後藤 信哉教授が、あなたの言いたいことを言ってくれている。→日本の医療は効率的で安全だ(日経メディカルオンライン2006.12.26)
これが、単に米国医療を敵視している人ではなく、 REACH(The Reduction of Atherothrombosis for Continued Health)という、素晴らしい国際共同研究を成し遂げた方の言うことだから、余計に重みがある。
”無作為化二重盲検試験だけがエビデンスではありません。あらかじめきっちりエンドポイントを定めた前向き観察研究による国際比較は、日本の医療の優れた部分を評価するためにとても重要でした。やってみて初めて理解できたと言えます。”
登録していなくて、読めない人のために、あなたの気持ちを代弁してくれている部分を抜粋した。
マニュアル重視の米国医療、職人的な日本の医療
日本と日本以外ではどこが違うのでしょうか。遺伝的な相違、生活様式の相違など、考えられる要因は多数あります。私は臨床医の一人として、日本人医師の敏感な感性と優れた医療システムの役割を重視すべきと考えています。心筋梗塞を予防することが証明されているアスピリン、スタチンともに、日本人に対する使用率は欧米より低いにもかかわらずイベントが少ない理由として、本当に必要な人に対して医師が選択して使用している、と解釈するのは都合が良すぎるでしょうか。
日本では伝統的に病態生理、薬効薬理などの教育が強調されてきました。日本の医学教育を受けた医師は、病態生理、薬効薬理の知識に基づいて、患者さんごとに病態に基づいた個別の治療選択をする傾向があるのではないでしょうか。料理の本を読んで調理しても、料理人の感性がないとおいしい料理はできません。クックブック(マニュアル、ガイドライン)的な米国式医療に対して、職人的な日本医療の利点を示したのが今回の結果とは考えられないでしょうか。この人は大丈夫そう、この人は危ないなどと個別に考え、投薬間隔を調整するといった措置を行うきめ細かな治療は、世界に誇るべき日本の医療の伝統であると私は思っています。
「武士は食わねど高楊枝」と、商人の損得勘定を低く見ていた日本では、損得勘定に基づいた治療という考え方を容易には受け入れない社会的背景があります。実際、患者さん側も治療による損を受け入れないような傾向がありますね。これが大きなプレッシャーになって、出血が少なく血栓も少ないという絶妙なバランスをとった医療が行われているのでしょう。
個々の医師の努力、患者サイドからのプレッシャー、頻繁に医療機関を訪れることができる保険制度、と日本の医療環境には世界に誇れる部分が多くあります。医療機関に患者さんがあふれ、外来の待ち時間が長いといったネガティブな面は確かにありますが、世界で一番長寿になっているのは丁寧な医療が行われているということでもありましょう。ネガティブな部分を改善する努力とともにポジティブな部分を残す努力、今の医療のいい部分を社会が褒める努力も大切だと思います
日本の医療の良さは医学教育から
こうした日本の優れた医療は、明治以来、連綿と行われてきた医学教育に原点をたどることができると私は考えています。米国の医学教育は、早くから実際の医療現場に参加して、クリニカル・クラークシップを通してマニュアル的な医療を学びます。しかし日本では、少なくとも今までは基礎医学、特に病態生理を重視してきました。とかく批判されがちですが、基礎研究成果を上げて教授などの高位の教員となっているものが多いのも日本の特徴です。マニュアル的な医療ではなく、薬効・薬理や病態に強い教員に教育された医師は薬効薬理、病態生理に基づいた個別治療をできる能力を有するようになっているわけです。
卒後教育必修化により、卒後直後の大事な時期に一般病院で研修する方が増えてきました。その結果として、薬効薬理と病態生理に強いという今の日本の医師の世界に誇り得る資質を維持できるか、われわれは注意深く見て行く必要があると思います。
日本にエビデンスがなかったのは、個々の医師が言語化できないような情報に従って、「なんとなく危なそう」などと感性に基づいた医療をしてきたため、数値化しにくかったのだと思います。しかし実態を調査してみれば極めて良質でコストエフェクティブな医療が行われていると言えます。
いったん失えば再構築は困難
日本の医療は、「3分間診療」などと揶揄(やゆ)されますが、欧米に比べて余分なことをしていないのだろうと思います。例えば米国では、「徴候なし(ネガティブファインディング)」という情報を必ず記載します。しかし、日本の医師ははじめからポイントだけを目指し、ネガティブファインディングは記載しません。効率がいい医療を実現しています。
これは日本の医師の感性が優れているのだと思います。あえてネガティブなことを聞かなくても診ただけで通じるということなのかもしれません。
無作為化二重盲検試験だけがエビデンスではありません。あらかじめきっちりエンドポイントを定めた前向き観察研究による国際比較は、日本の医療の優れた部分を評価するためにとても重要でした。やってみて初めて理解できたと言えます。
日本の医療の優れた面は、いったん失ったら取り戻すのは不可能です。効率的な医学教育・医療システムは明治以来の先人が築いた大切な宝物です。ちょっとあちらの方がよさそうだからといって十分に考察せずに捨てるようなことがあってはならないと思います。マスメディアが医療を取り上げる時はネガティブな面を取り上げることが多いのは残念です。
私を含め、多くの医師は献身的な、真剣な、まじめな医療を全力で実践しています。日本の医療の真の姿を、ポジティブ面を含めて公正に評価することが必要です。ヒトはネガティブに扱われるよりもおだてられた方がよく働きます。日本の医師に対してもマスメディアが褒めて、褒めることによりさらに今以上に一生懸命に働くように誘導した方が国全体としても得が大きいと思います。
日本の医療の良さは感性ですから口に出して伝えにくく、失ったら再構築は困難です。今、医療教育を担っている人々がいなくなったらもう取り戻せません。いい部分を大切にしていきたい、日本にはいい部分がたくさんある,ということに対する一つの実証として今回の研究成果を扱っていただければと思います。