お友達紹介

日本経済新聞に交遊抄という欄がある.私にはどんなお友達がいますという紹介だが,大体は面白くもなんともない.そんな時に限ってお友達の名前のあとにどこかの社長だのと肩書きが必ずついている.内容の貧しさを無意識に補おうとするためだろうか.本欄でもお友達の紹介をするが,肩書きは出てこない.

高木俊治先生gieさん美奈さんJames McCullochMummy Gejoかずちゃん



堂々の運命 DoDo's Destiny:嵐山郷で6年半一緒に働いた高木俊治先生のページ
闘士の建築家
gieさんは闘士である.何たって樺美智子さんが亡くなった時のデモに高校生として参加したくらいだから.この闘士は今は立派な建築家になっている.gieさんがなぜ建築家になったかと言うと,デモに明け暮れていた高校時代に遡る.

gieさんが通った高校は,今日は校門付近に私服が張り込んでいるようだから気を付けろと,教師が生徒に助言してくれるような所だったそうな.そんな高校で,ある日教師から,(建築とは何の関係もない)クラブの部室を改築するから,勉強だと思って図面を引いてみる気のある者はいるかと問われて,では自分がやってやろうとgieさんが手を挙げた.gieさんは建築学の本をかじって自力で図面を書き上げたあと,棟梁に教えられて建築にも参加して,その面白さにやみつきになって,建築家を志したそうな.

不惑になってから家造りに夢中になると,請負業者のブラックリストに載る不良顧客になるだけだが,17才で家造りの面白さがわかると立派な建築家が出来上がるわけだから,後生畏るべし.

建物を作りは,単なる箱物作りではない.人間の生活の場,人間と環境のインターフェースを考える科学である.この科学の面白さに気づいて,建築の道を志す若人が一人でも多くなるようにというのがgieさんのメッセージである.


マンチェスターの日本人狂牛病症例(追記:97年10月に日本上陸)
ヒトの狂牛病は英国の専売特許と思われているが,日本では40年以上前より狂牛病の症例があった.略称もBSE.正式名はBuffaloes-sick encephalopathyである.この日本版BSEの典型例が,英国はマンチェスターに在住する.(追記:97年10月に日本上陸しそのまま住み着いている)

私を知る人は,私を評して,才知が服を着て歩いているようだと言うが,このBSE症例は一見,淑女が服を着て(もちろん脱いでいた方が望ましいのだが)歩いているようである.ただし,ひとたびこの淑女がバファローズの試合に臨むと,”いてまえー”と本症特有の雄叫びを上げ,ミナミの飲み屋でラジオ(テレビでの中継はめったにない)にかじりついているおっちゃんと,よう区別がでけへんようになる.

BSEの中核症状は,”日本選手権での4勝”という妄想である.(カール・ヤスパースによる”妄想”の定義の問題点については,こんなところを読んでいるあなたはよく知っているだろう)

始末の悪いことに,このBSE症例がホームページなんぞを作って病原体をばらまこうとしている.物好きな人は見に行くがいい.今シーズンのこれまでの成績を見る限りでは,感染者が急激に増加するとは思われない.


かずちゃん(下記参照)追加発言
知性の本領は水を差すことにあり、理論とはつねに思いとどまる理論である。

(余分な注釈)ああ言えばこう言う,あまのじゃく,へそ曲がり,少数派;これらの賛辞は素直に受けなければならないということです.


手柄話:ジムとの東西対決
ジムのことは別のページで紹介した.今回はグラスゴーの研究所に新たにドイツ人のスタッフが加わった時の話だ.みんなの机が置いてある部屋が手狭でどうにもならなくなったので,僕,デビー,ジムの3人で相談していた.

デビー;”ハンスの机を新しく置く余裕がもうないわ”

ジム;”生活空間の危機だな”(The eminent crisis of the room for living)

私;”Lebensraumって言いたいんだろう”(You mean "Der Lebensraum")

ジム;”Thank you very much, Massie”

デビーはきょとんとしていたが,彼は,こいつ知ってやがるなと言わんばかりにニヤッと笑った.

Lebensraum.現代史を学ぶ者ならば誰でも知っていなければならない単語だが,神経科学の研究者にとってはどうでもいい雑学に過ぎない.この第三帝国の有名なスローガンを習ったのは,私が17歳の時,墨田区にある,決して有名でない都立高校の教室でだった.地理を教えてくれた恩師は地理とともに,必ずその地域の歴史を教えてくれたからだ.

”ワーテルローの勝利はイートンの校庭で勝ち取られたものだ”と言った奴がいたが,グラスゴーでのこんな日英対決も,30年近く前から準備されていたのである.


Mummy
納豆,じゃんけん情報の有能な諜報員であるMummy Gejoを紹介しよう.

Mummyはひどく早熟だった.6才で「慕情」を観て感動していた.また,Mummyの記憶力は抜群だ.どのくらい抜群かというと,「魔法使いサリー」の再放送で,その日のタイトルを見ただけで内容がわかってしまう.

Mummyはスコットランドを愛する.だからスコットランドはアバディーンのひーちゃんとは大の仲良しだ.でも,まあちゃんのページに来たのはひーちゃんとは関係なく,全く偶然だった.

スコットランドの中でも特にゲール語を話す人々の間で,じゃんけんがどう伝承されているかは解決困難な問題だ.この問題に答えを出せる人間がいるとすれば,Mummyしかいないだろう.

その鍵は,彼女の抜群の記憶力と,幼いころから「ベン・ネヴィスに登る、グレン・コーでただぼんやりとスケッチしたりして過ごす」ことを夢みていたという執念である.ちょうど,幼い頃から,”僕がヒエログリフを解読してみせます”と言って,それを実現したシュリーマンのように.


かずちゃん
畏友かずちゃんは,毎日鉄火場で仕事をしている.鉄火場で仕事をしていても,仕事に打ち込む人と,仕事をさぼりながら哲学をする人がいる.かずちゃんは後者らしい.下記はかずちゃんとの会話の一部である.

その1
かずちゃん ”経営者で功成り遂げた人たちは,よく,決断することが大切だと言います”
私 ”勝てば官軍というわけですね.負けた賊軍の決断は決して表面には出てこない”
かずちゃん ”そうです.さらに忘れては成らないのは,決断するというのは,考えるのを止めるということなのです.決断するということは,考えることを止めるリスクを背負うことです”

その2
私 ”教祖様というのは,予言がはずれても皆平然としていますね.”
かずちゃん”平然としていられるのを教祖様というのです.そうでないと教祖様は勤まりません”


誰でも楽しめるページへ