その昔,オーソン・ウェルズが架空の話として火星人来襲のラジオ放送をしたところ,本物のニュースと間違えた人々がパニックに陥った.今でこそ火星にタコに似た生物が棲息していると信じる人々はごく少数派になったが,空飛ぶ円盤はネタ不足のテレビ局にとってはまだまだ使える材料だし,銅の錆びである緑青が猛毒であると信じている人々はまだまだ多い.迷信が迷信だと理解できる人々が多数派になるには,非常に長い時間がかかる.その迷信が自分の子供の将来を左右するとなればなおさらである.
麻疹ワクチンあるいはMMR(麻疹,おたふくかぜ,風疹)の三種混合ワクチンが自閉症を起こすというセンセーショナルな内容の論文が出たのは1998年だった.
Wakefield AJ, Murch SH, Linnell AAJ, Casson DM, Malik M, Berelowitz M, et al. Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis and pervasive developmental disorder in children. Lancet 1998; 351: 637-641
それ以来,侃侃諤諤の議論が繰り返されたが,Wakefieldらの仮説を支持する証拠は見つからず,逆に自閉症と麻疹・MMRワクチンの関係を否定するデータが積み重なるばかりだった.そして今回の論文である.科学的には,自閉症ワクチン原因説の息の根は止まった.
Madsen KM, Hviid A, Vestergaard M, Schendel D, Wohlfahrt J, Thorsen P, Olsen J, Melbye M. A population-based study of measles, mumps, and rubella vaccination and autism. N Engl J Med. 2002 Nov 7;347(19):1477-82.
それでも,空飛ぶ円盤は消えてなくなりはしない.何よりもワクチンの利益が一般市民には見えにくい.麻疹のワクチンをやらなければ,日本全国で年間数百人の子供が死ぬ.しかし,天然痘のように,一撃必殺に近い病気ならばまだしも,日本全国で年間数百人の子供が死ぬ程度では,勉強不足で麻疹ワクチンを避ける人々には何も見えて来ないだろう.“大事をとること”を勧める麻疹ワクチン反対活動家は,ワクチン中止による損失を隠し,情報を歪めて,行政や医療機関,製薬会社に対する不信をうまく利用して,自分達のキャンペーンを成功させようとする.
うちの子はワクチンで自閉症にされたと涙ながらに訴える親の姿を商売のネタにするメディアの記事や番組,それから,インターネット上にある膨大な数の便所の落書き・・・これらのゾンビは決してなくならない.嘘でも100回言えば本当になるとゲッベルスは言った.たった100回でいいのだ.なのに,麻疹・MMRワクチンと自閉症のデマは,空飛ぶ円盤と同様に無限に繰り返されるだろう.