何年後には痴呆患者何十万人なんて記事,よく見かけるでしょう.そういう数字を元に何とかプランって銘打って,何兆円て予算が組まれて,料亭の予約表と仕事にあぶれたゼネコンへの餌配分が決まります.個人個人のレベルでも,痴呆の診断は,相続税を誰が負担するかなんて生臭い話を左右することにもなるわけです.数年前に英国のある大会社の社長が詐欺で訴えられたことがありました.訴えられた時点では社長は立派なアルツハイマー病でしたが,詐欺をした時に痴呆が発症していたかどうかが問題になりました.アルツハイマー病患者が詐欺をしても,だまされる方が悪いから罪にならないということでありましょう.
ことほど左様に痴呆の診断は社会的に大きな影響を与えます.だから,神経内科医や精神科医が下す痴呆の診断は,どんなにか厳密な基準で決められているんだろうって思うでしょ.でも,ところがどっこい,ひどくいい加減なものなのです.
Timo Erkinjuntti, Truls Ostbye, Runa Steenhuis, Vladimir Hachinski. The Effect of Different Diagnostic Criteria on the Prevalence of Dementia. N Engl J Med 1997;337:1667-74.
上の論文の要旨は以下のようです.学術的な論文でしばしば使われる痴呆の診断基準6種類を,1879人余りの65歳以上の男女に適応したところ,ある基準では30%が痴呆と診断されたのが,別の基準ではたったの3%だったのです.これは,ある診断が他の診断より厳しいという単純な理由からではありません.というのは,6つの基準すべてで痴呆と診断されたのはたったの20人だったからです.つまり一番診断率が低かった基準で痴呆と診断された58人のうち,38人は他の基準では痴呆ではないということになるからです.
診断率が低過ぎても高すぎても困ることはすぐわかってもらえると思います.誰の目にも痴呆だとわかるような人しか診断できないなら診断基準なんて不要ですし,痴呆でない人を痴呆と診断しても困るからです.しかし,こんな惨憺たる状況で介護保険の要介護認定なんてどんなことになるやら・・・
医者としてはこの論文の存在は役所や税務署には秘密にしておきたいです.というのは,この論文を読まれると,役所の固定資産税評価額の判定基準や,確定申告の必要経費の認定がいい加減だなんてとても言えなくなるからです.それにしても地球の温暖化の計算なんて,どんな基準でやってることやら・・・