97年7月,マレーシア産のオイスターソースによるボツリヌス菌中毒は,我々に,この病気に対する注意を再び喚起させた.食品衛生管理が徹底していない国々での食事の機会や,それらの国からの輸入食品は今後も増加するだろう.また,自家製の保存食品を好むethnic groupの人々の診療の機会も増えると思われる.ボツリヌス菌中毒が特異な型の”輸入感染症”となって我々の目の前に現れることを予想して,ここでおさらいをしておこう.
ボツリヌス毒素の作用機序
神経筋接合部で,シナプス前終末からのアセチルコリン放出を抑制する.神経筋疾患としてこの点が非常に特徴的で,筋電図検査が診断上重要になってくる.臨床症状が似ている重症筋無力症ではシナプス後部が障害されるので,筋電図ではボツリヌス菌中毒とは異なった所見を呈する.
汚染の可能性のある食べ物
ボツリヌス菌は嫌気性菌だから,缶詰,瓶詰めの食品に汚染が起きやすい.1984年,熊本で起こった辛子レンコンによる中毒(32人が発症し,14人が死亡)では,辛子レンコンが真空パックだったことが仇となった.
発症機序
通常は食品の中でボツリヌス菌がすでに産生した毒素を摂取して発症する.従って,ボツリヌス菌そのものが体に入らなくても発症するわけだ.ただ,希な例として,傷にボツリヌス菌が繁殖したり,乳幼児がボツリヌス菌を摂取し(この場合には,はちみつ,土,土のついたままの野菜なども原因となりうる),腸管内で菌が繁殖して毒素を産生してから発症する場合がある(1).
海外で食事をして,帰国後日本で発症する可能性があるか?
一般に原因となった食品を食べてから半日-3日後に発症するので,帰国後に発症する可能性はある.
診断上の注意
食中毒だからといって,必ずしも集団発生するとは限らない.毒素の摂取量や個人の感受性により,発病する者としない者がいるし,一人だけで原因食品を食べることだってあるからだ.
神経内科医は,重症筋無力症の急性増悪を思わせる,急性発症の球麻痺の患者を見た場合,本症を必ず念頭に置かなければならない.重症筋無力症との鑑別は,誰でも念頭に置いていることなので,まず間違えることはないだろう.脳幹部の脳血管障害では,少なくとも球麻痺が強ければ,多かれ少なかれ意識障害があるはずだから,これも間違えないだろう.落とし穴は,眼筋麻痺を伴うFisher型のギランバレー症候群である.確かに両者は臨床的によく似ている.Fisher型のギランバレー症候群では,特に病初期には髄液蛋白がしばしば正常だからなおさらである.ただ,呼吸筋の麻痺と四肢筋の筋力低下の順序と強さは鑑別点の一つになる.つまり,ボツリヌス中毒では四肢筋力が比較的保たれているのに呼吸筋麻痺が強いのに対し,Fisher型のギランバレー症候群ではまず,四肢筋力が低下して歩けない状態になった後に呼吸筋麻痺が起こることが多い(2).
診断方法
1.現場では臨床症状から本症を疑い,筋電図検査で特徴的な所見を捉えるのが最も実用的な診断方法だろう.適切な筋電図検査を行えば,重症筋無力症やFisher型のギランバレー症候群を除外することは可能である.
2.患者血清からの毒素の検出;CDCの調査では,陽性率は3割.
3.便からの菌の分離の陽性率は6割.
4.PCRにより食品中のボツリヌス菌を検出することはできるが一般的ではない.この方法は患者の診断ではなく,原因食品の同定に使う.
治療方法
1.呼吸の確保
2.下剤をかけて腸管内に残存する毒素を排出させる
3.型特異的な抗毒素の投与(1 vial は静注 もう1 vial
は筋注);従来日本ではE型菌のみを考えていればよかったが,多様化する食生活,輸入食品に由来するA型,B型菌による中毒に備えて,ABEF型の抗毒素も用意されている.問い合わせは厚生省薬務局へ.
予後
集中治療が普及した現在でも死亡率は2割である.命をとりとめた場合でも,回復には数週間から,場合によっては数カ月かかる.これは,回復のためには,障害された神経筋接合部でのaxonal
sproutingが起こる必要があるからだ.
参考文献
1. Pickett, J et al. Syndrome of botulism in infancy: Clinical
and electrophysiologic study. N Engl J Med 1976;295:770-772.
2. Hayes MT, Soto O, Ruoff KL. CASE RECORDS OF THE MASSACHUSETTS
GENERAL HOSPITAL. Weekly Clinicopathological Exercises: Case 22-1997:
A 58-Year-Old Woman with Multiple Cranial Neuropathies. N Engl J Med
1997;337:184-190.